
それでは間に合わない。
仕方ない、近くで済ますかと、いつもとおる乗換駅で降りる。
ここの駅周辺の照明も最小限におとされ、薄暗い雰囲気だ。
人通りは少なく、みんなどこで過ごしているのだろうか、と街をうろうろ歩くとおもったより飲み屋には人々が入っているのが見えた。
ガラス越しに見える人々の表情はあかるく、楽しそうに酔いにまかせている。
ただぼくが目指した大衆酒場はサラリーマンで店の外までごったがえす盛況さで、入るのをあきらめた。
あきらめていつもみたいにコンビニでルービーを買って暗い街のなかを歩いた。
歩くといってもどこも暗く、おもしろいわけではなかった。
外から見ると営業しているのかどうなのかわからない店がおおい。
照明を落としての営業はさぞやりづらいだろう。
まだみんなこの暗さに慣れていない。
個人的にはこの暗さは落ちつくけど、商売をしている方々にとって節電はかなり厳しい作用をもたらしている。
これから徐々に表面化してくるこの国の経済状況が心配だ。
薄暗いファストフード店内では等間隔に女性がすわっていた。
それぞれが見えない壁で仕切られ、ものおもいにふけっている。
彼女たちはどことなく寂しそうに見えた。
そして、ほどなくしてぼくは電車に乗って家に帰った。
■小川洋子さんの『猫を抱いて像と泳ぐ』を読んでいると、あたたかいもので包まれている安心感によって心地よくなる。
それにこれはつよい意志に満ちた物語でもあり、気持ちの芯がしゃんとしてくる。
作家の作風というのはどこか似ている。
それぞれの作風(深遠な精神を)をさらに確立するようにくり返しくり返し同じような事柄を表現していくものだ。
いろいろ本を読んでいってもどれもが気に入るわけではない。
むしろ気に入る作家の方が少ない。
小川洋子さんは久しぶりに出会った自分にとってドンピシャな作家さんだ。
これからもいろんな作品を読み続けていくだろう。
このことはとても楽しみだ。