■「まさかこんな事態になるとは・・」と誰しもが思っただろう。
3.11のあの瞬間、みなさんはどこにいましたか?
そして今までの時間、どんな風に過ごしたのでしょうか。
のきなみ伝わってくる東北からの報道はとてつもない悲劇にみちている。
それでもまだまだ未知の悲劇は埋まったままの状態なのだ。
震源から遠く離れたここ千葉県でも影響はものすごい。
今回の震災のこわいところは、時間をおうごとに人々は安堵してゆくのでなくてかえって心配事が多くなっていくというころだ。
断続的に余震が続くなか、関東以北に住むすべての人の衣食住、仕事、学校、どれをとってみても不安定を脱しない。
こんな事態はサイエンスフィクションの世界での出来事のはずじゃなかったのか。
いやこれは現実そのもの。
現にいま我々はその真っ只中にいる。
混乱の渦にのみ込まれて目はぐるぐるとまわって正確なものは見えない。
良くなる兆しは一向に見えてこない。
■ぼくの場合の『3.11はこんなふうだった。
そのときは大田区戸越銀座の喫茶店にいた。
仕事で相手先のひと(50を超えた男性)と打合せをしていた。
こっちは後輩と二人。
先方の会社の会議室がいっぱいだからということで近くの喫茶店にいったのだ。
店内はほぼ満室。
いちばん奥まった席が空いていて我々はそこに通された。
アイスコーヒーを注文して、さっそく打合せに入る。
話が順調にすすんでいったときに、突然、きた。
ほんの少しの初期微動の後、店が大きく横に揺れる。
まるで舞台装置のうえにのっているかのようななめらかで大きな揺れ。
その揺れの大きさに誰しもが蒼白の顔になる。
ぼくはテーブルにつかまりながらコーヒーと水をこぼさないようにするのがやっと。
揺れは長かった。
女性の悲鳴が聞こえたが、それほど大きな騒動はなかった。
ようやく揺れがおさまる。
このときどんな会話をやりとりしたのか覚えていない。
事の重大さに動揺していたのだろう。
ほどなくしてほとんどの人が精算をしてあわててお店を出ていった。
隣のテーブルにいた二人の中年女性は落ち着かない様子で驚きを隠さない。
我々ともお互い確認しあうようにしゃべった。
相手先の人はしばらく一緒に喫茶店にいたけど、さすがに会社に戻らないとならないので、ほどなくして帰っていった。
帰る間際に、電車がいつ動きだすかわからないけど、どうか気をつけて帰ってください。まだ電車は止まっているだろうけど帰る手段がみつかったら私の携帯にご連絡ください。わざわざ起こしいただいたのにこんなことになってほんとうに申し訳ございませんでした。
とおっしゃっていた。
もちろんその人が地震をひき起こしたわけではないので、どうかそんな風におっしゃらないでください。我々は大丈夫ですので、ご心配なさらないでください。またあとでご連絡いたしますから、と言ってやっとひきとってもらったのだ。この人はいい人なのだ。
そのときはまだ楽観的だった。
どうぜしばらくすれば電車も動き出すだろう。
それにしても大きな揺れだった。震源はどこだろうか、横浜か、千葉か、そんな感じだった。
後輩がケイタイのTVをつけて見る。
すると驚いたことに震源は遠く離れた宮城沖だった。
え?その宮城の地震がアレだったの!?
ここであれほどの揺れということは、東北ではいったいどんな状況になっちゃっているのだ?
これはとんでもないことが起きた、とようやく
そこから我々の長い長い道のりがはじまった。
つづく
とにかく電力の復旧が第一。ともに節電!
3.11のあの瞬間、みなさんはどこにいましたか?
そして今までの時間、どんな風に過ごしたのでしょうか。
のきなみ伝わってくる東北からの報道はとてつもない悲劇にみちている。
それでもまだまだ未知の悲劇は埋まったままの状態なのだ。
震源から遠く離れたここ千葉県でも影響はものすごい。
今回の震災のこわいところは、時間をおうごとに人々は安堵してゆくのでなくてかえって心配事が多くなっていくというころだ。
断続的に余震が続くなか、関東以北に住むすべての人の衣食住、仕事、学校、どれをとってみても不安定を脱しない。
こんな事態はサイエンスフィクションの世界での出来事のはずじゃなかったのか。
いやこれは現実そのもの。
現にいま我々はその真っ只中にいる。
混乱の渦にのみ込まれて目はぐるぐるとまわって正確なものは見えない。
良くなる兆しは一向に見えてこない。
■ぼくの場合の『3.11はこんなふうだった。
そのときは大田区戸越銀座の喫茶店にいた。
仕事で相手先のひと(50を超えた男性)と打合せをしていた。
こっちは後輩と二人。
先方の会社の会議室がいっぱいだからということで近くの喫茶店にいったのだ。
店内はほぼ満室。
いちばん奥まった席が空いていて我々はそこに通された。
アイスコーヒーを注文して、さっそく打合せに入る。
話が順調にすすんでいったときに、突然、きた。
ほんの少しの初期微動の後、店が大きく横に揺れる。
まるで舞台装置のうえにのっているかのようななめらかで大きな揺れ。
その揺れの大きさに誰しもが蒼白の顔になる。
ぼくはテーブルにつかまりながらコーヒーと水をこぼさないようにするのがやっと。
揺れは長かった。
女性の悲鳴が聞こえたが、それほど大きな騒動はなかった。
ようやく揺れがおさまる。
このときどんな会話をやりとりしたのか覚えていない。
事の重大さに動揺していたのだろう。
ほどなくしてほとんどの人が精算をしてあわててお店を出ていった。
隣のテーブルにいた二人の中年女性は落ち着かない様子で驚きを隠さない。
我々ともお互い確認しあうようにしゃべった。
相手先の人はしばらく一緒に喫茶店にいたけど、さすがに会社に戻らないとならないので、ほどなくして帰っていった。
帰る間際に、電車がいつ動きだすかわからないけど、どうか気をつけて帰ってください。まだ電車は止まっているだろうけど帰る手段がみつかったら私の携帯にご連絡ください。わざわざ起こしいただいたのにこんなことになってほんとうに申し訳ございませんでした。
とおっしゃっていた。
もちろんその人が地震をひき起こしたわけではないので、どうかそんな風におっしゃらないでください。我々は大丈夫ですので、ご心配なさらないでください。またあとでご連絡いたしますから、と言ってやっとひきとってもらったのだ。この人はいい人なのだ。
そのときはまだ楽観的だった。
どうぜしばらくすれば電車も動き出すだろう。
それにしても大きな揺れだった。震源はどこだろうか、横浜か、千葉か、そんな感じだった。
後輩がケイタイのTVをつけて見る。
すると驚いたことに震源は遠く離れた宮城沖だった。
え?その宮城の地震がアレだったの!?
ここであれほどの揺れということは、東北ではいったいどんな状況になっちゃっているのだ?
これはとんでもないことが起きた、とようやく
そこから我々の長い長い道のりがはじまった。
つづく
とにかく電力の復旧が第一。ともに節電!