
今月中には行きたいものだ。
太郎さんが生前書かれた著書『今日の芸術』のなかに「芸術とは、うまくあってはならない、きれいであってはならない、ここちよくあってはならない」という有名な宣言がある。
これをはじめて聞いたとき、あまりに大胆かつ突飛なのに度肝を抜かれたが、一方ではひじょうに嬉しいおもいがしたものだった。
それは世間一般のしっくりこなかった絵画や音楽に対する見識がこの言葉で一瞬にして晴らされたからだ。以来芸術に接するときこの宣言がぼくの意識の根底にあるよう意識するようになった。
音楽で言えばこうだ。
近頃モーツァルトともにベートーヴェンの後期ピアノソナタにもはまっていて、いろんな演奏家で聴き比べている。
そんななかで惹かれる演奏はエミール・ギレリス、ウィルヘルム・バックハウス、それとこの前TVで見たアンドラーシュ・シフのものだ。
彼らの演奏の共通することは深くて暖かい。表面的のかけらもない。ものすごく共感していることに気がつく。この頃のベートーヴェンの作風はかなり変わってきており、誰もが指摘するように深い精神性に満ちている特別な音楽なのだ。
彼らはそれを己の精神をフルに引出し闘って表現していく。ベートーヴェンの孤高に可能な限り近づけるように。
こういう演奏を好むとともにポリーニのような洗練された響きから遠ざかってしまった。速すぎるのか滑らかすぎるのか、どうも心に響いてこない。
「芸術とはうまくあってはならない、きれいであってはならない、ここちよくあってはならない」これは芸術だけにかぎったことではない。人生そのものにもそのままあてはまる。
人間関係では摩擦がよくおこる。でも摩擦をおそれて避ける必要はない。摩擦を克服していかないと前には進めない。
・・・なんだかよくわからんセリフだな。
画像はいま読んでいる川上さんの本。