■オレのこの風邪はしつこいね。

先週なかばからひきはじめて、だいぶ経つのにまだ治らない。

さすがに熱は下がったけど、あるラインから良くならない。頭も身体もダルい。

ルービーだって飲んでない。もう一週間近くも。

飲みたい気持ちはある、少しだけ。でもこんなんで飲んでも美味いわけがないし。

だから毎日家でおとなしくしている。本読んだりね。

だけど、これではテンション上がらんね。


■そんななか映画館にいって『明日に向かって撃て』(Butch Cassidy and the Sundance Kid)を観てきた。

これはジョージ・ロイ・ヒル監督、ポール・ニューマン、ロバート・レッドフォード主演の1969年のアメリカ映画。

この三人はこの後かな『スティング』という名作を撮っている。

『スティング』は暗記するくらい何度も観たけど、この映画はまだ二回くらいしか観ていない。それも昔のことだからほとんど内容は忘れている。

この監督、リズムがひじょうにいい。

描くべきところをしっかり描いて、飛ばすべきところは映像と音楽を工夫して独創的に見せる。

なによりも良かったのは、ポール・ニューマン演じるブッチ・キャシディという男。

魅力的なキャラクターだ。

あの味はそうはでない。

アドリブも随分あったんじゃないかな。まるでニューマン自信のような自然体なキャラクターだもの。

キャラクターとは人間そのものだな。映画(またやドラマ)の一部という軽いものじゃなく、どの登場人物もそれぞれの異なる性格が明確に出ていないといけない。

だから予測しえない行動が映画のなかで起きたってあたりまえ。

“こうなると、こうなる的”な読めるキャラクターなんかおもしろくない。


これは実際の人でも同じかもしれない。

あっさりと行動がよめちゃうような人はどこか魅力的とはいえない。

だってそういう人は、世の中の流れを意識してそれに従って行動しているにすぎないのだから。

自然な人の行動ってのは、その人も予測不可能なもので、「なんでおれはこんなことしてるんだ?」と思いつつも、その方向に歩いていく。

そういうものだとおもう。

そこにこそいろんなドラマが生まれるものだしね。


村上春樹さんの物語はこういうもの。

書いている本人もこの先どんなことが起こるのか知らない。

書きながら自分も一緒に主人公と旅をする。

少なくともそういった予測不可能な要素がないと、その作品はおもしろいものにならないとおもうな。