■もうすっかり本中毒といってもいいくらい、次から次へ読むようになってしまって、これはこれでいいんだけど、個人の思考っていうのか、正しいモノの見方、本に頼らない世の中の見方ってのは、実際に自分の足をつかって体験していかないとダメだ、という実感が強まっている。

本やパソコンからの知識ってのは、おもしろいしラクだからついついそっちに頼ってしまう。

でも実際にそこに行って歩いてモノを見ると、実感としてまるで違う。

良いにつけ悪いにつけ、予想していた雰囲気とぜんぜん違うってことがよくある。



いつものことながら首都圏の電車での風景は、空虚な無気力さと奇妙な緊迫感が漂っている。

背中を丸めてケータイをボウッと見つめる大勢の人にとり囲まれるのは、気持ちのいいものではない。

たまに「この人達はほんとうに人間なのか?もしかしたらロボットじゃないのか?」と思うときがある。

本人たちは周囲がそんな状況だからその“異常さ”に気がつかないけど、冷静に見て自分の状況はどうなんだろうか?と振り返ったりするのだろか。

おそらく、その状況に不満はない。打破しようとかいう動きはみえない。

大人しい羊のようにメェーメェーとケータイのボタンを押す(どんな表現や^^;)。

やっぱさ、いくら個人の自由だからとはいえ、この現状はひどすぎる。

無気力が無気力を生んでいるし、全体主義の国なだらじゃんじゃん閉鎖的な空気が蔓延していく。

もうちょっと勉強して広い視野で世の中を見るようにならないとさ。

女の人はまだ大丈夫だけど、男は元気がないね。

話していてもみんな同じようなこと言うし、あまりに自己がない。

高齢者だってこんな世の中じゃおもしろくないし、自信なくなっちゃう。

だからさ、国はそういうところに金を使えばいいとおもう。

オヤジ学校とかお爺ちゃん学校なるものを全国に造ってさ、本気で勉強するの。

中途半端じゃなにやってもおもしろくないから、本気でやりたい勉強をする。

そうするとそこで同じ志の知り合いができるだろうし、学ぶ喜びだってうまれるだろうし、今よりも生きる力だって出てくるだろう。

今の問題は根っこから手を入れないと何をやっても改善はしない。

誰でもタダで学べるハコ(学校)が必要だとおもうんだよね。

国はそういうお金の使い方をするべきだとおもう。