■この前、飲みつつ友人と世界の話をしていたら、こんなことを言っていた。

バックパッカーで世界を旅している人々に変化があるという。

どんな変化か?

彼らは多くの時間をパソコンに向かい逐一ツィッターやブログで自分のことを発信しているという。

現地の人と交流を深めるわけではない、ましてや一緒になった日本人とも積極的に接するわけでもない。

向かう先はPCの画面。

なるほどな。いかにも現代の日本人らしいな、とおもった。

“そういうところ”まできていることは、周りを見渡せば察することができる。

なんのためにその地へ行くのか。

世界を見たいため、世界の人々と接したいため、憧れの遺跡をじかに見るためか。

さまざまな理由で世界中に日本人は飛んでいく。

世界の果ての毛細血管の先の先まで日本人は入り込んでいく。

旅行意欲は相変わらず盛んだ。

盛んだろうけど、現地にじっくりと腰をすえてその土地の人と交流をもつ。

その交流からわが祖国日本の現状に気がつかされる。

日本に帰ってからその経験を踏まえてより広範囲に積極的に生きていこう、と。

これは前向きな事例だけど、こういう人はどれくらいの割合なのだろうか。

尊敬の念をもって世界の文化・人々に深く接する、とこういう幸運な旅行者は。

パソコンに向かって画面の先の日本とばかり交流していては、身体と意識の半分は日本から脱していないようなもので、これではもったいないとおもう。

自分たちと違う異なるものに接することに怖がっているのか、興味がないのか、そのどちらかもしれないけど、なんだかなぁ、である。


かくいうおれもこうしてブログに記事をせっせと書いている。

それがブログのため、ブログありきの生活であってはいけない。

深くならないように、“たかがブログごとき”という程度の意識しかもたないようにしている。

それと、このヤフーブログはそんなことないけど、ランキングをやたらと意識させるブログサイトもある。

一時やってみたけど、あれはうっとうしい、疲れる。おれには向かないからやめてしまった。


機械中心の生活になんかなってたまるかっての。


じゃんじゃん