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■エフゲニー・キーシンのピアノには何度も聴きたくなる“魔法の響き”が隠されているようだ。

シューマンの謝肉祭は今まで聴いた演奏のなかでもっとも光り輝いている。

神童といわれつづけ、ここまでの大ピアニストになるには相当なものがあっただろう。

成長をしつづける彼の実演を是非とも聴いてみたいものだ。


さて、話はまた変わって。

同僚同士の話で、食べものやどこどこのスポットがどうのこうの、という話になるけど、かなりTVの影響をうけているんだ。

プランタンのあれ食べたとか、あのTVでこんなの紹介していたから、行ってみよう!とかね。

どこそこのパワースポットが良い効き目があるってことで、違う人から同じタイミングでメールがきたことがあった。

はじめパワースポットってなんのことだかまったく知らないから、話が読めないんだ。

それはなんかのTVで流行っているものらしいというのを後で知った。


TV(民放)の宣伝効果がここまであったのはかつてなかったのではないか。

仕掛け人からして見れば、みんなおもしろいようにハマるものだからさぞや笑いが止まらないだろう。

おれはほとんどTVを見ないから、その“良さ”を共有できないからなんともイメージがわかない。

きっと同じ番組を見ていたら影響されて行列とかに並んだりするのかもしれない。

影響ということであればこれはなにも日本に限った話ではない。

世界各国、程度の差はあれ同じようにTVを宣伝につかって巧みに人を動かしているのだろう。

ただ日本はそれにいちばんはまりやすい国民性というものがある。


それは"他の人と同じことをしたがる"という点。


これは良い悪いではないが、欧米人のように、人と違うことを率先してやりたい、というのと逆で、みんなと同じ行いを一斉にすることに、よろこびと安心を見出すのだ。

だから仕掛け人の罠にじゃんじゃんはまっていく。

それが日本というこの国。


ウチの近所でも開店当初は長蛇の列をつくっていたシュークリーム屋さんがある。

そのときも食べたことあるけど、「たしかにうまい。でも並んでまで買うものじゃないな」ってかんじなんだ。

今ではそのお店は人気が落ちてきてしまい、かわいそうなほどだけど。。。

だいたいそんなものなんだよね。

いいけど、冷静に見ると「そんなたいしたことないな」って。

慣れちゃうってのもあるけど、それは宣伝に踊らされて“良かった気分”も加えられているからそのときは満足感を得られるのだろう。


今の世の中、宣伝がものをいう、いやものを言い過ぎて本当のモノの価値がわからなくなっている。


自分の判断より世の中の判断を優先してしまうんだもの。

自分は二の次の国民なものだからね、ようく日本人を研究するとおもしろいとおもうよ。


・・・つづく