
正確にいうと、飲めないというより、飲んでもあっというまにクラクラする。つぶれる。
しょんべんの出もわるい。
こりゃなんかおかしいな、と。
だから、外で飲むのをためらうようになって、家でおとなしく飲んでいた。
家だといくらつぶれてもいいからね。
それでも少しでも飲みすぎると、翌日の二日酔いはひどいことになった。
そんななかで、向田邦子さんのエッセイと小説にであった。
ぶらりと本屋をうろついていたら“向田邦子”の文字にたちどまった。
有名な脚本家さんでシナリオ学校でもよく名前を耳にしたけど、実際に作品に接したことはなかった。
そしてなんとなく読みはじめた。
まさに、救世主だった。
読んでいると、とても落ち着いた気持ちになれるし、少しずつ力がついてくる。
毎日、向田さんの本を読むのがいちばんの“したいこと”になった。
向田さんの世間を見る目は暖かい。そしてものすごく鋭くて、平等だ。
どんなことでも客観的にとらえる。
それは、例え悪いことや気に入らないことが起こっても、物事の1つの現象として、「ああ、そういうこともあるんだ」と、さして腹が立たないかのよう。
こういう姿勢はとても大切だとおもう。
さらに、モノゴトをちゃんとしっかり見られる余裕にもつながる。
さすがだ。
こういう姿勢からああいうエッセイや小説が生まれたんだな。
小説『あ、うん』も濃厚なキャラクター達が予想も上回るたちまわりを見せる。
驚きと痛快さを味わいながら、なかなか人生むずかしいものだな、と思ったりしている。
今日も、鞄の中には向田邦子さんの本、二冊がはいっている。
■さて、とかく世論というのはひとつの方向にむいてしまうもので。
今の政府について聞こえてくる声は、メディアも大衆もこぞって非難の一色。
確かにそこには非難されるべき事柄があるけど、そうでない部分もある。でもそれは表にでない。
いずれにせよ、ひとつの方向にためらいもなく突き進む世論というものは、おそろしいものだとおもう。
口からでる声は「あいつの発言がよくない。この混乱をどうしてくれる。あんなのは交代させろ」と、高々だ。
こういうふうに、みんなで寄ってたかって非難するのはカンタンなことだし、ある意味、気持ちがいいことなのだ。
(まあ、セイジカはどうやったって非難される立場なのだけど)
そして、そこんなかでは個人の思考というものは停止してしまう、ような印象をうける。
こここそが世論(または大衆)の落とし穴。
新聞もあれでちゃんと報道をしているのだろうか。新聞までもが一方に寄っている。多角的で広域的な検証をしているようには見えない。
あぶない、あぶない。
でもこれは、いつものニッポンの風景だ。
・・ってだらだら書いていたらいきなり首相辞任表明のニュース!
まあこの結果は仕方ないにしろ、この先のこの国の政治はどうなるのやら。
シャッフルしているように見える。
なにかいい手はないものか。