■べつに返して欲しいとか催促もないから、そいつはおれに貸したことを忘れているかもしれない。

かといって、そのままネコババするなんてことはしないけどね(笑)

それは村上春樹さんの初期の短編集。

そのなかの『納屋を焼く』という話があるんだけど、これはおもしろい。

村上さんが繰りかえし描き続けている不可思議だけど普遍的な人間関係がもうすでに書かれている。


突然、親しかった異性が忽然と姿を消してしまう。

なんの前触れもなく、ぱっと消える(最近の作品には前触れや理由があるが)。

主人公は永遠に理解できないで混乱におちいる。そして、その出来事をなにげなく引きずりながら生きていく。

クールで洗練された小道具や台詞も確立されていた。


おもえば、村上さんは表面的には同じ展開や人物を描きつづけて、その内面をどんどん深く突きつめていく作家のような気がする。

失礼な言い方だけど、似ているようでも世界の広がりが違う。果てしなく広がっていく。それでも読者を惹きつけてやまない面白みがある。


この小説のなかに『てぶくろをかいに』という絵本のくだりが登場する。

読んだことのない絵本なのでどんな話なのか浮かばない。

さらに、その晩に見たドラマ『八日目の蝉』にも『てぶくろをかいに』が登場した。

子どもに「うちにこの絵本ある?」って訊いたら「ない」って。

でもこういうのは偶然ならぬ必然だろうから、こんど図書館にいって読んでみることにした。

今の自分に大切なメッセージがあるかもしれない。



それと、話題の本『銃・病原菌・鉄』を丸の内の書店で立ち読みしていたら、とても興味をそそられたので買った。

これは、最終氷河期がおわって現在にいたるまで1万3000年の間に、全世界の人間が現在のように“モノをもっている国”と“モノをもたなかった国”になった理由を追うものだ。


いつも思う“日本人は、なぜ今のような日本人になったのか?”

西洋人の“他人と違うことを率先して見つけて取りくむ”ということと反対の姿勢をなぜ日本人はとるのか。

または、イヌイットやアフリカ中央以南の原始的暮らしを続けている人達の純粋さ、素朴さ、厳しさ、とは違う心情を先進国といわれる国住んでいる人はもってしまったのか。

そういう愕然とした謎の数々。


読み進めていくと、それらの疑問のいくつかがとけるような気がしてくる。

このさきを読むのがほんと楽しみだ。



本を読むといつもおもう。

知るということは(人が)変わるということ。(自分が)変わりたければいろんなモノゴトを知ればいい。

と。

最近、こういう本は黄色の蛍光ペンで重要なところに線を引きながら読むんです。

蛍光ペンが多くひかれている本は自分にとっておもしろい、重要だという証になる。

この本、けっこうたくさん引いてありますよ~!



ではでは、みなさん、GWを楽しんでください^^