■養老孟司さんは「バカの壁」でこんなことを言っている。

人は変化し続けるもの。反対に“情報”は変化しない。今のひとはこれを反対にとらえており、ここに現代の様々な弊害がある。


確かに自分の心をのぞいてみると、普段の意識は変化することじゃなく、自分というのは不変なんじゃないか、とおもっている。

「おれは昔からちっとも変わらない。考えや感じ方は同じはずだ」と。

でも今まであったことを思いかえすと、変化していることに気がつく。

自分もその周囲の人たちも。

気持ちや心だけじゃなく、もっと大きく人間の中身そのものが変わっているといっていいかもしれない。

それはいま考えている。どういう部分が変わっていくのだろうかと。


目が覚めたらすべての内面が変わっていたんでは日常生活なんておくれない。

それでも常に人は何かが変わり続けているのだ。

人体を構成する細胞の入れ替えという目に見える変化ではなく、それに付随する気持ち、考え方、ものの見方などが変わってゆく。


音楽を例にとるとわかる。

昔はバッハが理解できなかったけど、今は分かるようになったのは自分自身が変わったからだ。

以前のおれはバッハが理解できる状態でなかっただけ。




しかし変わることには正直いって抵抗がある。

それは、変わりたくないという自分の気持ちがあるからだ。

もともとそういうふうに生まれて育ってしまった。


でも今は、人は変わるものだというのが本質であると理解できる。

だから、変わるのをわかっていて人と付き合っていくことが正直な姿勢なんだとおもう。

「あなたに対する想いはぜったいに変わるわけがない」と、そのときは本当に気持ちの底で思うものだ。

永遠だと信じて疑わない。

でもその強い気持ちすら変化していく。

残念ながら変わらないことはない。


こう考えると寂しいものだ。

だからこそ、その瞬間を大切にするという気持ちがでてきた。

この大切な友人とはこの瞬間を大切にしよう。そこには家族もふくめあらゆる人間関係がある。

最近このとこをすごく意識する。

この先のこの人との関係がどうなるのか・・とかは気にしなくていい。

気持ちのどっかでそっと思う程度で。


しばらくは変化について考えることにした。