
これはヒト以外の動物を指しての言葉。
人から餌をもらい、自らは必死になって餌を探すこともなく、敵が襲ってこない安全圏での“ぬるい”生活を知ってしまうと、野生の感覚がみるみる損なわれていく。
そしてまた野生に戻されるようなことになったら、それは生きていくことができない。
昨日、近所の大型ショッピングセンターに行ったときに、ショウケースに並んだ小さな犬や猫を見ていた。
生後間もない犬猫は愛くるしく、犬苦手の俺でもさすがにかわいらしいもんだとおもった(でもああいう生き物を扱う“あかるい売り場”にはいろんなことを思ってしまうのだけど・・)
純粋そのものの犬の瞳をみているときに、さっきの言葉をおもいだしたんです。
生まれたときから人に大事に育てられたこの動物たちが東南アジアのジャングルに放されたとき、生きぬけるだけの逞しさ、ずる賢さがあるのだろうか。
あたたかい人工物のなかで生活し不自由なく大人になる。その反対側の厳しい自然界に放り出されたとしたら、生きていくのはとても難しいだろう。
そしてこのことは動物だけに限ったことじゃなく、俺ら人間はどうなんだ?とふとおもった。
ぬるい環境にしか生きていない人間は、みるみる弱くなっていくだけじゃないのか。
社会というすべてを周囲の意思に沿って生きる“飼われた環境”ではどんどん生き物本来の感覚がなくなっていく。
管理された現代社会で己の意思を前面に出すのは容易なことじゃない。
それでも出来るだけ自己の拘りをもって貫くことの大切さはどんどん増しているんじゃないか。
環境は常に人に影響を与え続けて、人はそのなかで否応なく柔軟にどんどん変わっていく。変わらされていく。
“三つ子の魂百まで”といわれるように子ども時代だけが環境に左右されるわけではない。
大人になったって付き合う人の影響や、その人のいる環境でじゃんじゃん変わり続ける。
なまさやしいところばかりでなにも考えないと、そのとおりの人になる。
これは自分では気がつきづらいことだから、怖いことだ。
ふと気がついたら飼いならされた弱い人間になっていて、もうそこから世間に立ちむかえないことに気がつき“愕然と立ち尽くす!”ことになるんだろうね(Mさんの表現をお借りしました)。
■そのペットショップの後、映画“カールじいさんの空飛ぶ家”をかみさんと子どもたちと観た。
「いまのアニメーションってこんなことまで可能なのか?」と驚きっぱなしだった。
不可能なことはもうないんじゃないのか?登場人物以外のモノの描写なんか実写そのもののようだ(というか実写を取り入れているのかもしれないけど)。
内容も終始おもしろく出来ていて感心した。
主人公を行動にうながす“事件”はけっこう痛烈な事柄ではっきりしている。
「俺だったらここまで大胆にしないで別の方法を考えるな」と一種のそぐわなさを感じたけど、その後「ここまで極端にやるのもいいかもな。これなら主人公の決心も明確だ」と勉強になる。
(ネタバレにならないように書いているので分かりづらいかとおもいます^^;)
この映画でいちばんの見せ場は、風船で家が飛ぶ!ところだろう。
実際このシーンにはすごく感動した。見せ方がうまいんだ。カラフルな風船の影の使い方も最高だし。
現実には有り得ないことが多い作品なんだけど、それは度外視しておもいっきりカールじいさんとの冒険を楽しめばいい。
ディズニー・ピクサーの笑いのセンスも相変わらずでけっこう笑った。
でも、子どもたちはあまりの映像の迫力と音の大きさにびっくりしていたから、ひきつり気味だったけど(笑)。
そうなんだ。アメリカ映画の音への拘りはちょっと行き過ぎ感がある。
なにもあそこまで迫力を出さなくてもいい。遊園地のアトラクションじゃないんだからもっと控えさせてもらい作品を味わいたい(と言っても、彼らはエンタテイメント性を重視しているから音へもこだわるのだろうね)
3Dブームもこれと同じ潮流で流行っている。
音や特殊な映像で驚かせて感動させるのも映画の正統的な特徴のひとつ。
この映画もキャメロンの“アバター(まだ観ていないけど)”も、両方を高い次元でクリアーしている成功作だとおもう。
これが、これからの映画の見せ方の主流になるのだろうと予感する。
無声映画からトーキーに移ったときほどの大変革ではないにせよ、今は転換期にある。
映画存続のために常に新分野を開拓する必要はぜったいにある。
でも、映画はあくまで内容。脚本がおもしろくないと観客の心に訴えかける作品はできないのだ。
最後に今年を振り返ってみると、思いがけず変化の年になった。
人の関係も環境もひさしぶりに大きく変わった。
でも、これからもどんどん積極的に興味あることを深めていくし、ルービーもじゃんじゃん飲んで酔っぱらうだろうし、音楽を聴いて感動もたくさんするだろうね。
変化というのはどこか新しい自分になる気がする。動かない俺を誰かが背中を押しているような感じがする。
「ほら、おまえはもうここじゃなくて、次のところへ行くんだよ」って。そういうあかるい気持ちもあるんだ。
じゃんじゃん