■小澤征爾さんと新日本フィルハーモニー交響楽団によるブラームスとプロコフィエフのコンサート。

ブラームスのヴァイオリン協奏曲は、実演でははじめて。

実はこの日の演奏を聴くまであまり入り込めていない曲だったんです(第3楽章だけは頻繁に聴いていたのだけど)。

それというのも第1楽章は長くて静かなだけで退屈におもっていたので・・(ブラームスさんすんません)。

さて指揮の小澤さん。オケの音量を極力おさえて、ソリストを浮かび上がられることを意識しているようだった(協奏曲での小澤さんはソリストのことをどの指揮者よりも重要に考えているようで、だいたいこのスタイル)。

オケの音は静かながらも澄んでいてとってもやわらかい。それでいて緊張感がある。室内楽的な心地よさも堪能できる。

この二長調の協奏曲はすごく平和に満ちた自然賛歌の曲だ。

交響曲第2番に通じるものがある。

ブラームス特有のやさしさと輝きに満ちたメロディーが随所にあって、いつもは忘れていたやさしい気持ちになれたりした。

第二楽章の木管の調べなどはまるで天国の響きのようだ。

終楽章の興奮とおもしろさもいろんな角度から楽しめた。

第一楽章から何度も鳥肌が立った。

とても素晴しい曲だ。最近MDでこの曲ばかり聴くようになった(シャハム、アバド指揮ベルリン)。

ソリストのチェ・ムンスさんと小澤さんが並んで挨拶をしていると同じような頭なので、ツクシん棒が二本並んでいるみたいだった(笑)


そして後半のプロコフィエフのバレエ音楽『ロミオとジュリエット』

これも小澤さんの得意の曲。

家にはボストン・シンフォニーと録音した全曲盤がある。

それとの比較で言うと、この日の演奏はじっくりと気持ちの入った演奏だ。

最近の小澤さんのスタイルからいってこういう表現になるとは予想していた。

とはいってもそれが不満であるというのではなくて、むしろプロコフィエフのスコアのあらゆる要素を最大限引き出して、オーケストラ音楽という芸術を高い域で実現している。

冒頭の“モンタギュー家とキャプレット家”は堂々として気持ちが引き締まる。

そして最後の“ジュリエットの墓の前のロメオ”の弦の悲痛な怒号。

鬼気迫るような壮絶さを感じた。

最大のクライマックスだ。

そしてめずらしくアンコールをやるな!と思ったら、これも彼等の仕掛け。

同曲からエキサイティングな“ティボルトの死”。

弦は凄まじい速さですばらしいアンサンブルを聴かせていた。

新日本フィルはじつにうまかった!


小澤さんは腰が悪いらしく、時折指揮台に座って指揮をしている。

いつもの姿と違って指揮もしづらそうだな・・と見ていた。

でも音楽はそれによって緩むことなどはない。

思ったんだけど、最近の小澤さんの音楽はカラヤンに似てきたな、と。

目指すものが“最高度に磨き上げられた響き、と同時に、作曲家の真意に近づこうという貪欲な精神”におもえたんです。カラヤンがそうだったのかは実のところよく分からないのだけど、実感としてそうおもった。


コンサート後はサインをいただいて、一緒に行った友達もみんなほわーっ、と幸せな表情で楽屋口からでてくるのがおもしろかった^^

とむさん、今回もどうもありがとう!


じゃんじゃん!