■このまえRYUと浅草橋で飲んだんだ。

この街で飲むのは初めてだったけど、野郎同士だから気兼ねない。コンビニで酒とつまみ買ってその辺で飲んだっていいんだしさ。

でも、駅前をうろうろして目についた大衆酒場に入った。

店内はおっさん連中でごった返していて「相席だけどいい?」と言われ、「うん、いいよ」ってことで、奥のテーブルへ。

はじめは、シナリオがどうのだとか、オネーチャンがどうだとか、話しているんだけど、そのうち隣にいたオッサン達とも話しだした。

こういう居酒屋ではおうおうにしてこうなる。

一人カウンターで飲んでいても、つい隣の人と話しながら飲んでいる。

まったく素性が知られていない同士というのがあって、話しの内容が新鮮だし、意外と深いことまで言い合っているんだ。

このときもここでしかでないような話をして、おもしろかった。

そのオッサンたちも言っていたけど、「野郎同士ってのは気楽でいい。根がテキトーだからこんな風に友達のように話せる」んだ。

飲んでいるときは、あまり余計なことは考えないし、計算などしないから、知らない者同士でもすぐに旧来の友人のようになるし、「じゃあ、また」ってことですっぱり別れる。

この2人、オッサンといっても、俺より若干年下なんだけどね。


こういう気楽さはたぶんこういうことだろう。

女の人がいると、気持ちのどこかでよくおもわれたい、とか、モテたいという意識が本能的にはたらいて、そういうふうに振舞ってしまう。

それは、高揚感というか、楽しい面があるんだけど、完全な気楽さの邪魔をしてしまう。

気持ちのどこかで「チャンとしていないとマズいんじゃないか」と勝手に思い込んでしまう。

そういう意識は男同士ではいらない。見知らぬ人とでもおなじ。だから気楽なんじゃないかな。


あと、はじめて会った人に「この人、なんだかおもしろい人だな」っていう瞬間があって、そういうのは男女関係なく、出会うべくして出会ったような親しみを感じる。

そういう関係は話せば話すほどどんどん分かり合っていくようにおもえて、相手の事をふかく理解するとともに自分のことも分かるようになる。

相手の考えに感化させて、それまで知らなかった自分に気づかされる。

おもろいね。


■昨日、ラジオを聴いていたらブラームスの交響曲第一番がながれていたんだ。

それがすごい演奏だった!

突進力が尋常じゃないし、ティンパニの強打も恐ろしいくらいだし、なによりも熱気がものすごい。

こんな演奏は今ではありえない、いったい誰の指揮なのか?

シャルル・ミュンシュかなあ、とおもった。

ミュンシュの『ブラ1』は最近聴いていなかったけど、たしかこんな感じだった、でもそれ以上の理想的な名演だ。

演奏が終わって告げられた奏者は、ヴィルヘルム・フルトヴェングラー指揮北ドイツ放送交響楽団。

・・・彼だったのか。そうだよな、こんな演奏は彼にしかできないよな。

この1951年のライヴ。買いだな。


じゃんじゃん