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■この前久しぶりに上野に行ってきました。

その日は時間があったので、目的はさほどなくのんびり過ごせればいいかな、とおもっていて、じゃあ上野にいってみるか、と。

公園口を出ると、平日だけど修学旅行の学生さんやらおばさんとかで結構にぎわっている。

天気は最高だった。ほどいい気温と湿度、それだけで気持ちと身体がかるくなる。

国立西洋美術館では常設展しかやっていないせいか人もまばら。

入り口わきのベンチに座ると東京文化会館の方を見る格好になるのだけど、そのいかにも平和然とした景色と雰囲気がとても穏やかで心地よかった。

どこかのおばさんが警備員のおじさんに大きな声で話しかけている「今日、広島からはじめて東京に出てきたのよ」

大きな荷物を持ってニコニコしている。

それから警備員にシャッターを押してもらって満足そうに美術館にはいっていった。

このおばさん、ル・コルビュジエの美術館と数々の名画にどんな感想をもったのだろうか?

そのあとの東京観光も楽しめただろうか。そうなればいいのに。

俺はしばらく園内を行き交う人を眺めていたり、持っていた文庫を読んで時をすごした。

たっぷり時を満喫したあと、公園をぬけて国際子ども図書館に行くことにした。

ここには一度行ってみたかった。

1906年に建てられたゴッツイ図書館を、安藤忠雄さんが手をかけてリノベーションした建物だったから。

一歩入って「なるほど・・ここはすごいな」と思わされる。古き良きものと最先端の建築技術が見事に融合していた。

なかなか味わったことのない新しい空間だ。

厳格な中にもどこか親しみやすさを感じる。

子どももここでは楽しく本に接することができるだろう。


と思うが、その子どもがあまりいない。

たまたまかもしれないが、俺みたいな観光目的の大人ばかりが目につく。

せっかくの素晴らしい施設がその目的どおり最大限利用されていないのだろうか?

場所がアカンのかな。上野駅から少し歩く。といっても空気のいい公園のなかを歩くので苦にならないだろう。

近くに保育園や幼稚園がないからなのか。園の帰りにチャリで気楽に寄れる場所ではないのか。


それとも、きれい過ぎるのかもしれないな。

スタッフは親しみをもって子どもに接することを心がけているだろう、そんなふうに見える。

図書室では幼い子どもと母親がいた(他には誰もいない)。

ちょっとした弾みに子どもが泣きだすと、母親は慌てて泣き止むようにあやし始めた。

スタッフの人が「大丈夫ですか?」と声をかけると「あ、すみません!大丈夫です!」と言って申し訳なさそうにしている。

展示会室ではバタバタと走って入っていった子どもに対して、その母親も「シーッ!!静かにしなさい!」と声を潜めて注意をする。


なんつーかな、こういう公共マナーも大切だけど「まずは子どもなんだから」とおもった。

子どもは、どんな場面でも楽しみを見つける天才であるし、にぎやかな存在なのだ。

泣いたり騒いだりは彼らの日常で本業だ。

図書館といえどもある程度は仕方ないという度量の大きさがないと、当の子どもは萎縮してばかりでおもしろくもないだろう。

それにここは国際!子ども!!図書館!!!という立派な名前までついている。

堂々と子どもらしく本に接すればいいのだ。

子どもが主役だということを安藤さんも考えて設計しているだろう。

だから多少のいたずらではビクともしないはずだ。

誰の為に、どんな目的で、それを作ったのか?これがぶれては何の意味もなくなる。単なる巨大な箱になってしまう。

もっと年季が入ってきて多少汚れてくると遠慮せずに楽しめるようになるかな。



上野公園内ではボランティア団体が衣食住に窮している人たちに食べ物を配給していた。

たくさんの大人の男たちが無言で並んで、順序良く食べ物をもらっている。

日本にはこういう姿が普通にあるし、驚くほどたくさんの人がそういう状態にある。

しかし、一歩そこから出れば楽しそうな笑顔でふつうに散策を楽しむ人々がいる。

上野はいろいろ考えさせられる。