
■さて、旅行の話しです。旅は計画を殆どたてないで行きあたりばったりにしておく。
かなりテキトーです。
先週、久しぶりに家族みんなで新潟にいってきた。
泊まる宿だけ予約しておいて、あとはなんも決めないで出発。
途中のパーキングで、「これからいく場所には何があるんや?」くらいは知っておいたほうがいいかなと、大まかな地図をみる。
「ほんじゃ、途中の渋川伊香保ICで降りて、この湖とか牧場に行ってみようか」とその場で決めるが、どんな場所かまったく知らないし、たどり着けるかも分からない。
高速をおりて一般道を走るけど土地勘がないから迷ったりする。野生の勘を働かせても迷う。カーナビもないし。
子どもたちは「まだ着かないの~?」などと不満を言い出す。
「いつものことじゃん!まあ、そのうち着くから待ってな」と言うが結局着かない場合だってある^^;
子どもも“いつものこと”なのであきらめはいい。
そのうち牧場と湖に着くことができ、かなり楽しめた。よかった。
テキトーなドライブは思いもよらない場所に出て、それが素晴しい景色だったりすることがある。ふと入ったお店もとても美味い店だったりする。
こういう偶然を大切にしたいし、そこに面白味をかんじる。
って、かなり適当だよな(笑)
海外に行ったときもおなじ。
ベルリンとウィーンに行ったときは宿とコンサートだけ決まっていて、あとはふらりと電車に乗って街を歩いてその場にあったものを楽しむ。
だから笑っちゃう失敗だってたくさんある。
せっかくウィーンに行ったんだから有名な観光地に行っておけばよかった、とかは思わない。
何でもない市街地をとぼとぼ歩いてキョロキョロして気になるのがあれば、そこに寄る。
こういう旅は記憶に残る。
はじめから何処何処へ行ってコレをしようと決めておくということが、あとは単にそれをこなすだけに思えてしまい、あまり面白味を感じないのだ。
行き当たりばったり、こういう冒険が楽しいとおもうんです。
だからスケジュールがたくさんつまっていると息苦しくなってくる。
最近おもうんだけど、人間って計画的な生き物なんかじゃない気がしている。
現代人は時間に追われる生活を強いられていて、それが当たり前の世の中になっている。
計画的でない人は“欠如した人間”として扱われかねない。
でも、もっと根源的でアバウトでいいと常々おもっている。
人は刻一刻と変化するものだから、計画を立ててそのとおりにすること自体に無理があるとおもう。
だって人間のすべての細胞はある一定期間で入れ替わってしまうんだから、想いや考えだってずっと同じという方が不自然だ。
気まぐれなのが人間の本質なんじゃないか。
■それと選挙。すごい結果になりましたね。
事前のマスコミ報道でも民主党が勝つと言われていて「そうなるんだ」と思っていたけど、この極端な大差には驚いた。
ハッキリ言って今回の選挙、国民は相当ナメられている。
「ウチの党に投票すればこれだけお金をあげますよ~」ってな甘い台詞で有権者を誘う(調子のいい事ばかりいうヤツは危ない)。
または、他党の揚げ足をとったり、醜くけなし合ったりしている(ガキの争いか?)。
そんなことばかりで、肝心の日本という国をこれからどうするのか。世界のなかでどういう立場の国にしたいのか。現在ばかりでなく、将来、国民にどんな生活を実現させるのか。などといったいちばん重要な問題と責任を前面に出していない(当選するために背後に押しやってしまっている)。
有権者に媚へつらう政党ばかりで、どの候補者・党にも票を入れたくなかった。
(どうにかしてほしいときに媚びてしまう国民性が出たのだろう)
それでも、消去法で仕方なく大敗した党に入れたんだけど、政党のバランスは大きく崩れた。
この極端な結果は不安だ。個人的には改憲問題がいちばん怖い。
動向をようく見ていかないと。
じゃんじゃん