■京成立石にはなかなかシブい飲み屋があるらしい。
ってことで、このまえ会社帰りに一人でぶらりと行ってみた。
ちょうどお盆だったから仲見世のシャッターは閉まっている。
それでも「なんかおもれーとこねーかなー」ってウロウロしていたら予想以上にシブい飲み屋があった。なんだか映画のセットのような・・・
とりあえず立ち飲み串焼屋さんに入った。
ここは関西出身のご夫婦がきりもりしている。
はじめて串焼きというものを食ったんだけど(関東では串揚げというらしい)、カラットしていて美味い。しかも安いのだ。
「この街ってなんか雰囲気が大阪に似ているよね」と言うと。
「そうでしょ!ここは親しみがあって大阪みたいなところがある」と言っていた。
ほんとここは妙な落ちつきを感じるし、身体全体にしっくりくる。俺が生まれ育った足立と雰囲気が似ているからかもな。
似ているだけじゃなく、立石には足立ではすでになくなってしまった当時の懐かしい雰囲気がまだ残っているんだ(再開発の波にのまれなかったからか)
これから立石だけじゃなく青戸や高砂にも進出してみっか。
■そういう懐かしい経験もあって、このごろガキだった頃のことをよく想いだす。
足立の下町でのあの生活を。
想い出にはもちろん楽しいのもたくさんあるけど、スリリングな苦い想い出だっておおい。
土地柄のせいもあって荒っぽい連中がたくさんいた。子どものうちから必然的にいろんな経験をするはめになる。
友達の一人に“ヤッちゃん”というケンカがめっぽう強いのがいた。
俗にいう不良なんだけど、ヤッちゃんは人間的にやさしい部分があったからか親から「遊んじゃいけない」なんていわれた事はない(誰に対しても「あの子と遊んじゃいけない」とは言われなかったが)。
彼が大人になって本格的なヤクザになってからは縁遠くなったんだけど、道で会うと目で挨拶はした。そして今はこの世にいない。
ガキのころ、俺はヤッちゃんに助けられたことを思いだす。
公園で遊んでいてたまたま運悪く隣町のワルい奴のセコイ作戦にはまって、「おまえ金出せよ」となって顔面から血の気がひくのを感じた。
その瞬間、隣にいたヤッちゃんがなにも言わずそいつに跳びかかった。
そこから凄まじい取っ組み合い。
子どものケンカなのにまるで猛獣の縄張り争いのような壮絶さ。
結果的にはヤッちゃんが勝って、オレは助かった。
そのことがあってからワルは他の奴にはちょっかいは出しても俺には何もしない。背後にヤッちゃんがいるのを知っていたからだ。
今だからおもう。俺は実にラッキーだったんだと。
彼は俺の一つ年上だったけど、まったく対等の付き合いだった。
彼は礼を言われるのが苦手だし、俺を助けてくれるのも当然のようだった。それに話すことがガキなのにすごい。宇宙のこととか興味津々に話す。頭がいいのだ。
今の俺が上下関係を嫌うのもこのときの経験からくるのかもしれないな。
それとこんなこともあった。
ウチの前に住んでいた1つ年上の女の子のアキちゃんとウチのねーちゃんとそろばんに通っている途中、中学生くらいのヤツにいきなりナイフを突きつけられた。
これも「金出せ!」だ。
このとき、アキちゃんの毅然とした態度も凄かった。
言葉は忘れたけどきっぱりと断った。鋭い視線で相手をにらんで。一歩も下がらない。
相手はその気迫に気押されたのかあきらめてどっかへいった。
その後、だらしなく俺とねーちゃんは「アキちゃんすげーな!こわくなかった?」って聞いたら。
「こわかった!」ってにっこり笑ってた。
これも明確に覚えていることの1つ。
そう考えると厳しい環境のなかにいても、俺はいろんな仲間に守られてきたんだなぁとしみじみ思う。
きっと今だってそうだろう。
じゃんじゃん
ってことで、このまえ会社帰りに一人でぶらりと行ってみた。
ちょうどお盆だったから仲見世のシャッターは閉まっている。
それでも「なんかおもれーとこねーかなー」ってウロウロしていたら予想以上にシブい飲み屋があった。なんだか映画のセットのような・・・
とりあえず立ち飲み串焼屋さんに入った。
ここは関西出身のご夫婦がきりもりしている。
はじめて串焼きというものを食ったんだけど(関東では串揚げというらしい)、カラットしていて美味い。しかも安いのだ。
「この街ってなんか雰囲気が大阪に似ているよね」と言うと。
「そうでしょ!ここは親しみがあって大阪みたいなところがある」と言っていた。
ほんとここは妙な落ちつきを感じるし、身体全体にしっくりくる。俺が生まれ育った足立と雰囲気が似ているからかもな。
似ているだけじゃなく、立石には足立ではすでになくなってしまった当時の懐かしい雰囲気がまだ残っているんだ(再開発の波にのまれなかったからか)
これから立石だけじゃなく青戸や高砂にも進出してみっか。
■そういう懐かしい経験もあって、このごろガキだった頃のことをよく想いだす。
足立の下町でのあの生活を。
想い出にはもちろん楽しいのもたくさんあるけど、スリリングな苦い想い出だっておおい。
土地柄のせいもあって荒っぽい連中がたくさんいた。子どものうちから必然的にいろんな経験をするはめになる。
友達の一人に“ヤッちゃん”というケンカがめっぽう強いのがいた。
俗にいう不良なんだけど、ヤッちゃんは人間的にやさしい部分があったからか親から「遊んじゃいけない」なんていわれた事はない(誰に対しても「あの子と遊んじゃいけない」とは言われなかったが)。
彼が大人になって本格的なヤクザになってからは縁遠くなったんだけど、道で会うと目で挨拶はした。そして今はこの世にいない。
ガキのころ、俺はヤッちゃんに助けられたことを思いだす。
公園で遊んでいてたまたま運悪く隣町のワルい奴のセコイ作戦にはまって、「おまえ金出せよ」となって顔面から血の気がひくのを感じた。
その瞬間、隣にいたヤッちゃんがなにも言わずそいつに跳びかかった。
そこから凄まじい取っ組み合い。
子どものケンカなのにまるで猛獣の縄張り争いのような壮絶さ。
結果的にはヤッちゃんが勝って、オレは助かった。
そのことがあってからワルは他の奴にはちょっかいは出しても俺には何もしない。背後にヤッちゃんがいるのを知っていたからだ。
今だからおもう。俺は実にラッキーだったんだと。
彼は俺の一つ年上だったけど、まったく対等の付き合いだった。
彼は礼を言われるのが苦手だし、俺を助けてくれるのも当然のようだった。それに話すことがガキなのにすごい。宇宙のこととか興味津々に話す。頭がいいのだ。
今の俺が上下関係を嫌うのもこのときの経験からくるのかもしれないな。
それとこんなこともあった。
ウチの前に住んでいた1つ年上の女の子のアキちゃんとウチのねーちゃんとそろばんに通っている途中、中学生くらいのヤツにいきなりナイフを突きつけられた。
これも「金出せ!」だ。
このとき、アキちゃんの毅然とした態度も凄かった。
言葉は忘れたけどきっぱりと断った。鋭い視線で相手をにらんで。一歩も下がらない。
相手はその気迫に気押されたのかあきらめてどっかへいった。
その後、だらしなく俺とねーちゃんは「アキちゃんすげーな!こわくなかった?」って聞いたら。
「こわかった!」ってにっこり笑ってた。
これも明確に覚えていることの1つ。
そう考えると厳しい環境のなかにいても、俺はいろんな仲間に守られてきたんだなぁとしみじみ思う。
きっと今だってそうだろう。
じゃんじゃん