
「結婚したんだから(やりたいことを)我慢するのは当たりまえだと(友人から)言われた。あーあ、わたし結婚しなければよかったなぁ‥」
それを聞いてこう言った。
「そんなことはないぜ。やりたいことがあれば絶対にそれをやったほうがいい。我慢してやらないんじゃなく、やりたいことができるような努力をするべきだよ。我慢をする必要なんかまったくない!」と
“結婚=やりたいことを我慢する”という図式がこのあたりで浸透しているようだ。
誰が言いだしたのか知らないけど、それはまったく違う。
やりたいことがあれば、どんな立場や状態であってもそれを最優先させるべきだ。
時間的に厳しいのあれば時間をつくる工夫をしたらいいし、夫(あるいは奥さん)がダメだと言ったら説得するか、もしくは説得がダメなら隠れてやったっていい。
その人にとって本当に必要なことであればカンタンにあきらめるべきでは決してない。
それをやるにはどうしたらいいのかを考えてそれに向かって努力をする。
すると大体の事はできるものだ。
なにもやりはじめる前から自分の可能性から目を背けてしまって、あきらめてしまうのは間違っている。もったいない。
基本、人間は1人だ。
夫婦であろうと、親子であろうと、兄弟であろうと、まずは“個”が主体で先頭だ。
その個の内面から発した自然な欲求を押し殺すことは、自然の摂理からいっても間違っているんじゃないか。
そりゃー、家庭に入るといろいろとやるべきことが増える。相手との関係もあるので、それを無視することはできないし、すべきでない。
でもそれだからといって、やらないのは違う。行動に出てみたらいいんだ。
他人の風潮を信じてしまって、やりたいことの芽をつぶしてしまうのは愚の骨頂。
だって人ってなかなかやりたいことが見つからないものじゃないですか。
やりたいことが見つかるってのは、その人にとってものすごく大切なことで、大きな希望と可能性があるってことなのだから。
■“どんなことがあっても、元気でいること”
昔からこれを念頭においている。
なにか辛いことがあったりして沈むことは誰だってある。それは仕方がない。
でも、道を歩いていてガラスにうつった自分の沈んだ姿をふと目にすると、そんな自分に怒りを感じる。
「オイ!なに落ち込んでんだよ!そんなんでいいのか?ほら、胸を張って歩けよ!!」という声が聞こえてくる。
すると「そうだよな。まずは元気なオレでないとな!!」と思いたって、いつもの表情にもどる。
元気のない他人を見ても同じで「もっと元気になろうぜ、オッサンよ!」といいたくなる。
現代は疲れた顔をしている人が多い。でもそのままでいることに疑問を持ってほしい。
元気は自分でつくるもの。つくることができるもの。
他からの助けを待つのではなく、意識的に積極的に自分の内面からつくりだすもの。
そうすぐに元気にならない場合もあるけど、徐々にでもやろうとおもえば出来るものなのです。
元気に歩きましょう!
なんかテンション高いな(笑)
■それと、小澤征爾さんがこのまえこんなことを言っていた。
(ちょっと言葉を補足していますが)
「中国の指揮者を目指している若者たち(19~21際)には日本人にはなくなった“やる気”“ハングリー精神”が溢れている。
それはきっと中国には“得るもの”がないから。
音楽をやろうと思っても日本のようにすぐにスコアが手に入ったり、ピアノがあったり、CDが聴けたり、そういうことができない。容易に手に入らない。でも、ないからこそ“得たい!”という強い気持ちが育つんじゃないのかな。
そしてその強いやる気は音楽やラクビーにも共通しており、そういう気持ちを音楽でもスポーツに思いっきりぶつける。すると、そうすることにしか見えないものが見えてくる。
それはベートーヴェンやバッハの強い精神力といった音楽の核のようなものや、スポーツでは高い次元まで技術が発達する。強いハングリー精神を保有してそれを最大限に発揮したものにしか到達しえない世界が見えてくるんじゃないかな」
そんなことをインタヴューで熱く語っていた。
この言葉にすげー感銘をうけた。そうに違いないと確信した。
人が輝いているために必要なことはまずは気力だ。
自分にとってやるべきことがちゃんとできるように、気力を満たしておいて、おもいっきりぶつかるか!!