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■クリスチャン・ツィメルマンのピアノの音を一言で言うと、こんな言葉だろうか。

6月20日、所沢ミューザでのツィメルマンのリサイタルにいってきました。

J.S.バッハ:パルティータ 第2番 ハ短調 BWV826
ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ 第32番 ハ短調 作品111
ブラームス:4つの小品 作品119
シマノフスキ:ポーランド民謡の主題による変奏曲 作品10

冒頭のバッハのパルティータからツィメルマンのピアノにすっかり魅了された。

この曲は事前に予習しておらずこのとき初めて聴いた。

バッハの無駄のない凝縮されたスコアをすごい技術で隙間なく弾きこんでいく。

このときのバッハ体験が、現在の心境の深いところで共鳴して、以来バッハを聴いてすごすようになっている。

バッハは人の深層心理のもっとも深い部分までとどく音楽。

深い思考をしている時期はバッハの音楽しか届かないといってもいいくらいだ。

マタイ受難曲、ゴールドベルグ変奏曲、無伴奏ヴァイオリンパルティータ第2番のシャコンヌをよく聴いている。


続くベートーヴェンの最後のピアノ・ソナタも名演だ。

ツィメルマンの表現には強い説得力がある。

小澤さんと共演したラフマニノフの協奏曲2番の冒頭でも、あのようにほの暗い雰囲気たっぷりの演奏は他にはない。

テンポをときに大きく変化させ、曲のもっている本質を見事にえぐりだす。

このベートーヴェンでもそれを感じた。

異様に速い第一楽章の“疾走”はものすごい緊迫感をはらんでいる。

しかし、響きはどこまでも透明だ。

息もつかないで弾いているような速度と密度だけど決して息苦しくはない。心地いいくらいだ。

ブラームスのラプソディの明快なタッチも聴いていてつい身体を揺り動かしてしまうほど楽しかった。

一緒にいった友達もツィメルマンの透明な響きをとても気に入っていた。


五嶋節さんの著書にツィメルマンと五嶋龍君との交流のエピソードが載っている。

幼かった龍君はツィメルマンがソロを務めたブラームスのピアノ協奏曲第一番(バーンスタイン指揮ウィーン・フィル)を毎日聴いていたそうだ。

龍君はその音色にすっかり魅了されたらしい。

それを人づてに聞いたツィメルマンがNYに住んでいる龍君を訪ねた。

龍君はツィメルマンの前でヴァイオリンを弾いて(なんの曲だったかなぁ)、ツィメルマンはその高い音楽性に驚いたそうだ。

もう10年以上前にこの本を読んで以来、ツィメルマンの“楽器”から響く音とは、いったいどんな音なんだろう。と興味をもっていた。

今回聴いて、それは予想を上回る素晴らしい響きだったことがわかった。


また行こうっと^^