最近は月金の更新になっちゃってますね^^;


■さて、村上春樹さんの新著『1Q84』の冒頭、ヤナーチェクが作曲した『シンフォニエッタ』が登場する。

音楽好きにはこの出だしはうれしい^^

本が売れればその関連のモノも売れる。『シンフォニエッタ』のCDが売れだしたと新聞に書いてあった。

経済は“繋がっているもの”だということを証明している。

オレも最近なんどかこの曲を聴いている。サイモン・ラトルが指揮したウィーン・フィルハーモニー管弦楽団の特別演奏会をMDに録っておいたヤツ。

この曲、冒頭の角々とした金管と打楽器の旋律から、聴く人の興味をつかみとる。

全編なかり独特な雰囲気をもっている。

中間部には東洋的な美しさがあったり、疾走するダンス(?)のような場面、底流には野生的な雰囲気が支えている。

どちらかといえば親しみやすい曲だから、はじめて聴く人でも気にいるんじゃないか。

指揮者のラトルは随所にメリハリをつけて、楽曲の本質である醍醐味を発揮させている。

いかにもラトルが得意そうな音楽だ。


それと今週はFMでウィーンのオーケストラの特集をやっている。

ニコラウス・アーノンクール指揮のウィーン・コンチェントムジクスの演奏会はハイドンの交響曲を中心としたプログラム。

最後に演奏した交響曲92番『オックスフォード』を聴いたが、これにはビックリした!

どの場面の解釈でもそれまで聴いたことがない演奏だったからだ。

特に第2楽章のffでは強さとテンポは「なんじゃこりゃー!!」と呆れる寸前^^;

バッハもそうだけど、古典音楽の解釈は実に多彩だ。

音楽に終わりはない。クラシックの演奏にもまだまだ発見されていない原石が山ほどある。

このハイドンを聴いていておもった。

すぐに演奏を自分の人生に転化させて考えるクセがあるからか、自分の生き方も枠をはめてはいけないとおもった。

まあ、オレは普段から枠にはまらないんだけど(笑)もっともっと視界も広く、考えも広く、行動も広く、そうしていこうとおもう。

『オックスフォード』は、ものすごい可能性を感じさせてくれた。


■映画でも音楽でも突き詰めると行き着くところは同じ。

世界にはいろんな宗教があるが、もともとの“神”と呼ばれる存在は1つなんじゃないか。

我々人間にまで進化するには“奇跡的な結果”の連続だと言われている。地軸の微妙なズレとか。

それを“誰か”の意思によってできたと考えると、1つの意思でしかないと思うから。

映画も音楽も、芸術性が優れていないと心の底からの満足にはいかない。

それはなにも気どっていて高尚なものなんかじゃなくて、すぐ身近にある自然なもの。

たまに昔の日記とかメモを見ると、このころの方が深く考えていたんだ。今は反対にやばいじゃん!って焦る(笑)

時間的余裕がないと、何かを思いついても考えが発展していかない。

というか、時間に追われていても元気ならそんなことは関係ないな。

頭をクリアーにしておくことが大切なのだろう。

深い物語を書くにはそれだけ基礎がないと書けるわけがない。

その人間そのものが出てしまうから、自分自身をもっともっと深めることが要求される。

まじ、がんばろ!!


じゃんじゃん!!