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■映画『母べぇ』をこのまえようやく観ることができた。

山田洋次監督作品だから劇場で観ようとおもっていたけど、最近の映画館はすぐに作品が入れ替わってしまう。見逃してしまった。


この映画はメッセージ性の強い作品。

山田監督にしてはかなり強い主張が全編をつらぬいている。


戦争をするような風潮(世の中)にしてはならない。


というメッセージをいちばん感じた。


(この作品でも厳しく描かれているが)戦争は親しい大切な人の命をいともカンタンに奪いとってしまう。

人と引き離される苦しみを“母べぇ”は、体験されられていく。

気丈で優しくおもいやりに満ちた気持ちをもっていても、その時代の大きなうねりには到底逆らえず、翻弄されていく。


しかし、最後の最後まで“生きている”父べぇに会うことに拘る。


死んでしまってはもとも子もない。大切な人を私から奪った戦争はぜったいに許さない。天国で会えるからとか、そんなことは慰めにもなんにもならない。生きていないと意味がない。

最後までこのメッセージが貫かれる。

観ていてそれが堪える。どっと身に染みる。


戦争の恐怖とともに、切なる人間の結びつきもあたたかく描かれていく。

人間の心のほんとうに美しい部分と、どうにもなす術がない恐ろしい部分。

山田監督はその両方を強い演出でみせる。


よく映画を見ると、「あの俳優さんの演技がよかった」とかおもうのだけど、この映画ではそんな思いは飛んでしまった。

もちろん俳優さんやスタッフの仕事はすばらしいのだけど、そんなことを言うのがとても小さいことのようにおもえたし、適切でないのだ。

それほど深く共感したし、衝撃的だった。

しかし、見方によっては堅苦しい真面目な映画とみられるかもしれない。



これは太平洋戦争時の日本を描いたもの。

60年以上も前の出来事で、過去のこと(風化の一途をたどっている)。


しかし現在、この国に再び戦争の気運がやってこないのか?と言われれば、ゼッタイにないとは言えない状況になっている。

加藤修一さんや小田実さんの著書を読むと、それがよくわかる。

下手すれば日本はまた戦争に手を染める可能性がある。

大切な人の命をカンタンに奪い去ってしまうような恐ろしい時代が・・


いま、このことが非常に気になっている。

どうしたら最悪のシナリオを回避できるか。


国内外の困難を戦争で解決するような流れにしてはいけない。

そうならないために最も重要なことは、生きている私達一人一人がくい止めるしかない。

国が“その方向”にゆっくりとジリジリすすんでいくのを、監視の目をもって前をふさぐ。

その為には“利口”になる必要がある。

学校の勉強や会社の仕事に時間と労力を使ってばかりでは、正しくモノゴトを見る目は育たない・・

今の人はモノゴトを疑わない傾向がある。メディアを信じすぎる。これはとってもキケンなことだ。



“母べえ”の原作は、黒澤明監督のスクリプター(記録係)を長年勤めた野上照代さんの自叙伝だ。

その野上さんがソヴィエトに渡って仕事をした黒澤明監督の『デルス・ウザーラ』もつい最近観た。

BSで録画しておいたのを時間があったのでようやく観たのだ。

この映画も忘れがたい場面が多い。

人間の素の姿を極寒ロシアの大自然を背景に力強く撮っている。

よくぞこんなショットが撮れたもんだ!という驚くべきシーンの連続。

このときの黒澤さんは日本で映画を撮ることができなくなっていて、精神的にも土壇場のギリギリ状態だったという。

それでもこれほどの作品を撮りあげてしまうのだから、本当にものすごい根性の持ち主だとおもう。

しかし、素の黒澤さんは感傷的な人間だという証言を野上さんが紹介している。


誰しもが正反対の性格と同居している、とおもわされるエピソードだ。



じゃんじゃん!