
“難しい”というのは、とても興味深いテーマだけど、映画としては地味になる恐れがあるからだ。
実際、この作品はハリウッド映画が陥りがちな“魔法による解決”ではなく、超現実的なじっくりとした歩みをみせ、安易な解決策なんて提示しない。
だから観ている方はけっこう苦しいおもいになる。
何度もでてくる若き夫婦(ディカプリオとウィンスレット)の口論は、よくわかる。なぜ、彼らがそういう言い争いになってしまうのか、経験上よくわかる。
わかるがゆえに歯がゆいし、苦しい心境になる。それはこの映画に共感しているからなのだけど・・
相容れない男女間のギャップを非常によく描いている。
終わり間際、ウィンスレットがもうギリギリの精神状態になって、森に入って、たのむからひとりで考えさせてくれとディカプリオに真剣な面持ちで懇願する。
男のディカプリオは、そこがうまく理解できない。なぜ、お互いに話し合って解決の道を探そうとしないのか?女のウィンスレットは今はとてもそういう気持ちなんかじゃない。これは話し合いで光がみえるような問題じゃない。とにかくひとりにさせてくれ。と
ここは非常に高い緊張感で仕上がっていて「この監督、うまいなぁ」とおもった。
主人公の二人も名演で、特にケイト・ウィンスレットはすばらしかった。
バックに流れる単調なメロディーは、徐々に崩壊していく二人をある種冷静にみる第三者的な役割を演じていて、その効果は抜群。なんとも印象深い音楽だ。
さて、このテーマ。
“家族を養うためにつまらない仕事”をし、自分を殺して働いている旦那に、カミさんは男としての魅力を感じなくなっている。
そんなくだらない会社なんかやめて夢を追って生きよう。憧れだったパリに行こう!当分はあたしが働くからあんたは好きなことをやっていていい。そういう縛られない自由な生き方こそが、私達の求める生き方だったじゃない!ね、だから家族でパリに移住しよう!
旦那はその考えにのる(でも心の底ではのっていなかった)
旦那の会社連中や、近所の友人達は、そんなことを本当に信じているの?そんな夢のような生き方なんか現実的じゃない。甘いよ。子どもじみた馬鹿げた考えだ。と冷笑する。
どっちが現実的なんだ?単に生きているだけのような生活こそが、馬鹿げた非現実的な生き方じゃないのか?夢を追う生き方こそが現実的で人間らしい生き方なんじゃないか!?とその狭間に二人は苦しむ。考える。口論する。
悲劇的な結末とあいまって、この映画にはいろいろと考えさせられた。
映画館を出て、ひとり街を歩きながら、いろんなシーンを思い起こす。
「俺はどっちだろうか」
岡本太郎さんだったら決まっている。太郎さんにとって夢を追わない人生なんかありえない。一生そういう生き方を貫いた人だ。
俺はどっちかという白黒はつけない。今はつけられない。
つけなくてもいい気もしている。
でも、あえて言えば、夢を追う生き方に寄っている感じだ。
反面、生活のために仕事をしている。
その生活のための仕事でも、100%生活のためとは言い切れない。
職場に行けば、いろんな人との関係もあるし、相手先の人とも信頼関係がある。そういう関わりがあるから、生活のためという機械的な結論はとうてい出せない。
ここでもグレーな結論になってしまった。
仕事と自分というテーマはもっとも考えることの1つ。
よく考えるけど、あまりにも多くの要素がありすぎてとても書ききれまへんわ。
全部書いたら一冊の本ができそうだ(笑)
ちゃんちゃん