
■世の中の見え方というのは、実はこういうことなんじゃないか。
その人が、今この瞬間と、それまでいた環境や境遇との差によって、明るかったり、暗くなったりするもので、その都度かわっていくもの。
例えば、経済的にすごく貧しい国にいた人が、民間支援団体の力をかりて日本にやってきた場合。
とりあえず、衣食住の心配はなくなる。
病気になっても病院が近くにあるのですぐさま死に繋がるような危機はない。
それはそれまで経験してこられなかった安心なわけだから、日本での生活のスタートは明るい色に満ちているかもしれない。
しかし、人間たるゆえんの“慣れ”があって、次第にその明るい心配のない生活があたりまえになってくる。
日本にきて十年も経った頃にはそれまで気がつかなかったこの国のさまざまな苦い現実に直面するようになる。
ご飯の心配がないのはとっくに“当然なこと”なっている。
そしてつい一年前の生活と比較してしまう。
そうすると、若干の職場の待遇悪化や風邪にかかりやすい弱い体質になっていたとしたら、以前の明るい見え方はなくなり、徐々に暗く重い色になっていく。
そういうふうな変化。
これはこれから産まれてこようかとする子どもに対する親の期待と一緒かもしれない。
はじめは五体満足で元気に産まれてくれればあとはなんの要望もない、と思っていたのが、子どもが大きくなるにつれて、当初の想いは薄れてきて、些細なことでつい口やかましくなる。
俺自身も肝に銘じないと^^;
これは人の本能的なものだから仕方のないことかもしれない。
しかし、その本能のままに従うだけになってしまうと、当初の想いはいつのまにか忘れ去られ、欲求の限り“上”を目指し続ける。
人間の進歩というのは後戻りできないものだと思うし、“上”を目指すこと自体は悪いことではない。
ただその進む方向を検証する必要があるとおもうのだ。
たくさんの乗客を乗せた豪華客船は前にしかすすまない。
船長が目的の方向に安全かつ快適に運航する。
世の中という巨大な客船も、その進む方向はどこに向いているのか?
人間のしあわせのために向いているのか?
船長は私利私欲のために乗組員と乗客を盲目にしてだましてとんでもない方向に船を航海させてはいないか?
こういう検証は必要不可欠だとおもう。
検証をするには、なにが正しい方向なのか?という正しい目を乗客がもっていなければできない。
正しい目。
この“正しい目”というヤツはじつはやっかいで、個々に違ってくるうえに普遍的な正解はない。
それでも“正しい目”を見いだしていくことが求められる。
世に出回っている一般的な情報にばかり翻弄されていては、正しい目は養えない。
なかなか大変なことだとおもう。
■土曜日、どうにも河合隼雄さんの本が読みたくなって有楽町の三省堂にいった。
河合さんの本はこれまでいろいろ読んできたが、これまでと違った専門的なものが読みたかった。
で、2階をうろついて、2冊のいい本にであった。
河合隼雄さんの書かれた『心理療法序説』(岩波書店)と『こころの声を聴く』
前者は臨床心理学者としての長年の経験の集大成として画期的な内容になっている。
これはなにも心理療法家を目指す人むけに書かれた専門書のようにかたいものではない。
人の心がいかに複雑なものでまったく一様にはいかないことを基に書かれている。
それは心理療法を職業としている人に向けても言っているし、私たち一般の人に向かっても言っている。
『こころの声を聴く』は対談集。
登場される方は阿部公房さんや谷川俊太郎さんなどとても興味深い人ばかり。
対談集は、まるで自分がその場にいて彼らの話を立ち聞きしているような“役得”の気分になれるから好きだ。
お互いの話に触発されてどんどん会話が展開されていくおもしろさは、対談集ならではのもの。
そういう発展的な会話というのはとてもいいもので、俺自身もよく友人と話していて気づかされることがある。これはとてもうれしいことだ。
それと小田実さんも読みたかった。
この書店は小田さんの本も充実していて、どれにしようか迷った挙句この『西雷東騒』というおもしろい題名の本にした。
これは比較的最近書かれた短い文書をまとめたもの。
この国における政治、経済、社会の羅針盤となる。
“ただの経済大国”になった日本の現状と痛烈というか親身な警鐘(この表現、まさにそのとおりだ。日本はおおきく見て“ただの経済大国”にすぎない)
それと、関東のみなさん、今は悪性の風邪が流行っているので注意してください!
ウチは俺を除いて全員全滅しました^^;
じゃんじゃん!