■12月3日(水)溜池山王駅13番出口に6時40分すぎに着いて、セブンに寄ってサンドイッチと飲み物を買う。
さっそくパクつきながらアークカラヤン広場にむかうと、1人の外国人とばったり遭遇した。
「あれ?この人、アルフレード・ブレンデル?(ピアニスト)」って一瞬おもって、「いや彼が日本にいるわけがない、でも知っている顔だなぁ、あ!そうかシャルル・デゥトワ(指揮者)ではないか!」
デゥトワ氏は確かN響との初録音にプロコフィエフの『6番』を選んでいたと記憶している。彼はプロコフィエフが好きで、同業のゲルギエフがどんな演奏をするのか興味があるのだろう。
すぐ目の前にいるデゥトワ氏は、貫禄たっぷりで、ゆったりと歩く。
あんなに悠然と歩く人間はなかなか見たことがない。歩き方というのはその人の人格がにじみでるもの。
デゥトワ氏はじつに魅力的な歩き方をする人だ。
さて、コンサート。
この日はお客さんの入りは半分程度とかなり少ない・・
まだまだプロコフィエフの交響曲が定着していないからだろう。
それでも今回彼等があえてプロコフィエフ交響曲チクルスを行なうことは大変に意義あることだ。
この日のプログラムは交響曲第2番と第7番、それに交響的協奏曲(チェロ協奏曲第二番)。
しょっぱなから最も聴きたかった交響曲第2番をやるという気持ちが高ぶった状態のなか、ゲルギエフがさっそうと登場して音楽がはじまった(彼もすばらしい歩き方をする!)。
攻撃的な金管軍によるファンファーレ!!
僕は例によってPブロックにいたのだけど、この席でこの曲を聴くのは危険だ。
というのは、ダイレクトに強烈な金管音やパーカッションが全身を打つので、ちょっとしたショック状態になりかねない。
実際、第1楽章の間は心臓のバクバクがずっと収まらず「おいおい、俺の心臓大丈夫かよ?」と気になっていた。
まあ、それは裏を返せば、それだけこの曲の凄まじさを物語っているのだけど(作曲者はこの曲を「鉄とはがねで出来た音楽」と称していた)
しかし!指揮者のゲルギエフはまったくといっていいほど動かない!
こんだけ激しい音楽だからきっと指揮もさぞや激しい身振りになるのかと想像していた。
彼は終始折り目正しく立ってオーケストラ全体を見渡している。手はかるく広げてわずかに手のひらをゆりうごかすだけ。
これほど動かない指揮者をみたことがない。
テンポはCDで聴いたときよりもゆっくりに感じられた。
おそらく、この第1楽章はとんでもなく難しい曲、下手すれば演奏が崩壊しかねない、なので慎重にならざるをえない。といった印象をもった。
それにしても、CDで聴くのとはまったく違った印象をうけた。
それは耳だけで聴くのと、身体全体で文字どおり音楽を浴びるという違いだろか。
激しく不安に満ちた『2番』を聴いただけでお腹いっぱいになる^^;
難解な曲だ。
プロコフィエフは実演で聴かないと真価がわかりづらい作曲家かもしれない。
1階中央後方に見えるデゥトワ氏は、手を顔の前で組んでこの曲を聴いていた。
いったいどんな感想をもったのだろうか。
つづくチェロ協奏曲のソリストは意外にも若い女性だった。
スラヴァとの共同制作の曲だけあって勝手に屈強な男性ソリストを想像していたから、真っ赤なドレスをまとってステージに登場したのをみて驚いた。
後方からしか見れないからソリストの音の聴こえはわるい。
しかしかなり情熱的に弾きこなしていた。
是非とも正面の席から聴きたかった。
前半だけで、8時20分をまわっていた。
20分の休憩後、後半の第7番。
ここでは指揮者はうって変わって柔軟に動いて雄弁な音楽を聴かせていた。
第2番とはまったく違ってやわらかい。オケはとても美しい響きを聴かせている。
ロンドン交響楽団は典型的な音を出すオーケストラなかでじつに安定した団体。しかもタフだ。
ウィーン・フィルやベルリン・フィルはそれぞれ独特(特異ともいえる)な響きをもっている。標準的なオケとは言いがたい。
ロンドン響とバイエルン放送響は典型的なオケの響きを出すなかでも最高位だとおもう。
で、その7番は彼等の本領発揮といった具合にじつに堂に入った演奏だった。
ゆったりテンポで美しくプロコの叙情性をうたう。
音楽を聴くよろこびを全身で感じる。
そうそう、この幸福感!!音楽って本当にいいなぁー・・とつくづく想い、嬉しくなった。
とともに、こんな平和に満ちた音楽であっていいのか?という疑問。
プロコフィエフの生きたソ連は、当局が芸術作品に対しても厳しく統制していた時代。
この最期の交響曲。表面的には反政府の色などは微塵も感じさせないようにしている、ということを聞いたことがある。
内面に潜む作曲家の本心をさぐりつつ聴いていたが、なかなかそれを感じ取ることはできなかった。
ただただ美しく楽しいプロコフィエフの世界。それが返って“抵抗”にも聴こえなくはないが・・
最期の残響が消えゆくまでみんな聴きいっている。あたたかい拍手。
そして、長時間なコンサートにもかかわらず、彼等はアンコールをやってくれた!
まったく期待していなかったから嬉しいプレゼントだ。
しかも、大好きな同じ作曲家によるバレエ音楽『ロミオとジュリエット』より“タイボルトの死”!
ここでのゲルギエフとロンドン響はパワーを完全に爆発させてとてもエキサイティングな演奏を繰りひろげた!ハイテンポによる爽快で重量感あふれる快演で、これには完全に「まいった!」
このチクルスによってこれからプロコフィエフへの注目度が増せばいいと期待したい。
コンサートが終わってホールを出たのは9時40分くらい。
足取り軽く家路に向かいましたとさ♪
じゃんじゃん!
さっそくパクつきながらアークカラヤン広場にむかうと、1人の外国人とばったり遭遇した。
「あれ?この人、アルフレード・ブレンデル?(ピアニスト)」って一瞬おもって、「いや彼が日本にいるわけがない、でも知っている顔だなぁ、あ!そうかシャルル・デゥトワ(指揮者)ではないか!」
デゥトワ氏は確かN響との初録音にプロコフィエフの『6番』を選んでいたと記憶している。彼はプロコフィエフが好きで、同業のゲルギエフがどんな演奏をするのか興味があるのだろう。
すぐ目の前にいるデゥトワ氏は、貫禄たっぷりで、ゆったりと歩く。
あんなに悠然と歩く人間はなかなか見たことがない。歩き方というのはその人の人格がにじみでるもの。
デゥトワ氏はじつに魅力的な歩き方をする人だ。
さて、コンサート。
この日はお客さんの入りは半分程度とかなり少ない・・
まだまだプロコフィエフの交響曲が定着していないからだろう。
それでも今回彼等があえてプロコフィエフ交響曲チクルスを行なうことは大変に意義あることだ。
この日のプログラムは交響曲第2番と第7番、それに交響的協奏曲(チェロ協奏曲第二番)。
しょっぱなから最も聴きたかった交響曲第2番をやるという気持ちが高ぶった状態のなか、ゲルギエフがさっそうと登場して音楽がはじまった(彼もすばらしい歩き方をする!)。
攻撃的な金管軍によるファンファーレ!!
僕は例によってPブロックにいたのだけど、この席でこの曲を聴くのは危険だ。
というのは、ダイレクトに強烈な金管音やパーカッションが全身を打つので、ちょっとしたショック状態になりかねない。
実際、第1楽章の間は心臓のバクバクがずっと収まらず「おいおい、俺の心臓大丈夫かよ?」と気になっていた。
まあ、それは裏を返せば、それだけこの曲の凄まじさを物語っているのだけど(作曲者はこの曲を「鉄とはがねで出来た音楽」と称していた)
しかし!指揮者のゲルギエフはまったくといっていいほど動かない!
こんだけ激しい音楽だからきっと指揮もさぞや激しい身振りになるのかと想像していた。
彼は終始折り目正しく立ってオーケストラ全体を見渡している。手はかるく広げてわずかに手のひらをゆりうごかすだけ。
これほど動かない指揮者をみたことがない。
テンポはCDで聴いたときよりもゆっくりに感じられた。
おそらく、この第1楽章はとんでもなく難しい曲、下手すれば演奏が崩壊しかねない、なので慎重にならざるをえない。といった印象をもった。
それにしても、CDで聴くのとはまったく違った印象をうけた。
それは耳だけで聴くのと、身体全体で文字どおり音楽を浴びるという違いだろか。
激しく不安に満ちた『2番』を聴いただけでお腹いっぱいになる^^;
難解な曲だ。
プロコフィエフは実演で聴かないと真価がわかりづらい作曲家かもしれない。
1階中央後方に見えるデゥトワ氏は、手を顔の前で組んでこの曲を聴いていた。
いったいどんな感想をもったのだろうか。
つづくチェロ協奏曲のソリストは意外にも若い女性だった。
スラヴァとの共同制作の曲だけあって勝手に屈強な男性ソリストを想像していたから、真っ赤なドレスをまとってステージに登場したのをみて驚いた。
後方からしか見れないからソリストの音の聴こえはわるい。
しかしかなり情熱的に弾きこなしていた。
是非とも正面の席から聴きたかった。
前半だけで、8時20分をまわっていた。
20分の休憩後、後半の第7番。
ここでは指揮者はうって変わって柔軟に動いて雄弁な音楽を聴かせていた。
第2番とはまったく違ってやわらかい。オケはとても美しい響きを聴かせている。
ロンドン交響楽団は典型的な音を出すオーケストラなかでじつに安定した団体。しかもタフだ。
ウィーン・フィルやベルリン・フィルはそれぞれ独特(特異ともいえる)な響きをもっている。標準的なオケとは言いがたい。
ロンドン響とバイエルン放送響は典型的なオケの響きを出すなかでも最高位だとおもう。
で、その7番は彼等の本領発揮といった具合にじつに堂に入った演奏だった。
ゆったりテンポで美しくプロコの叙情性をうたう。
音楽を聴くよろこびを全身で感じる。
そうそう、この幸福感!!音楽って本当にいいなぁー・・とつくづく想い、嬉しくなった。
とともに、こんな平和に満ちた音楽であっていいのか?という疑問。
プロコフィエフの生きたソ連は、当局が芸術作品に対しても厳しく統制していた時代。
この最期の交響曲。表面的には反政府の色などは微塵も感じさせないようにしている、ということを聞いたことがある。
内面に潜む作曲家の本心をさぐりつつ聴いていたが、なかなかそれを感じ取ることはできなかった。
ただただ美しく楽しいプロコフィエフの世界。それが返って“抵抗”にも聴こえなくはないが・・
最期の残響が消えゆくまでみんな聴きいっている。あたたかい拍手。
そして、長時間なコンサートにもかかわらず、彼等はアンコールをやってくれた!
まったく期待していなかったから嬉しいプレゼントだ。
しかも、大好きな同じ作曲家によるバレエ音楽『ロミオとジュリエット』より“タイボルトの死”!
ここでのゲルギエフとロンドン響はパワーを完全に爆発させてとてもエキサイティングな演奏を繰りひろげた!ハイテンポによる爽快で重量感あふれる快演で、これには完全に「まいった!」
このチクルスによってこれからプロコフィエフへの注目度が増せばいいと期待したい。
コンサートが終わってホールを出たのは9時40分くらい。
足取り軽く家路に向かいましたとさ♪
じゃんじゃん!