
そもそもハロウィーンなんてのは、オレが子どもの頃にはほとんど浸透していなくて、中学のときに観た『E.T.』に出てきて「アメリカではこんなお祭りがあるんだー」と思った程度だったけど、いつのまにかあたりまえの年中行事にまで発展している。
これも経済効果をねらってのことが発端だろうが・・・
そして現在は、クリスマスまでまだ1ヶ月以上もあるのに、すっかり緑と赤のカラーが目につくようになっている。
これから1ヶ月以上もの間そういう“たのしい街”のまんまであると考えると、「なんだかなぁ・・」だ。
クリスマスといえば年末だから、11月中旬をもってすでに年末の雰囲気になっているという、嫌なシーズン先取り状態になるから気持ちが落ち着かない。
最近は“なんにもないとき(時期)”が少ない。なんのイベントもなく、フツウの時期が。
各業界は何かにことつけて「○○の日」といった記念日を設けるようになっている。
クリスマスは嫌いってわけじゃないんだけど、なぜかずっと馴染まないでいた。
それは、はなんだか派手すぎてしっくりと受け入れられない感じなのだ。
東京下町の商店街が12月中盤になってようやく控えめで可愛らしいツリーや装飾がでてくるという環境に育ったせいか、現在の巨大で派手な飾りつけと眩しいライトアップは、そこには自分の居場所はないかのような落ち着きのなさを感じてしまう。
これはもう性分というものだろう。
それに、これだけ地球環境が叫ばれているのだから地味なクリスマスであったほうがいいとおもうのだ。
「今年からは地球環境に配慮し、未来の人と生き物たちのために、地味だけどあたたかいクリスマスにします」ってことの方が好感がもてる。
それに環境危機を考慮すればそれが当たり前のことではないだろうか。
政府も各業界と連携をとってそういう対策をとってもいい。
たしか、1ヶ月まえくらいだったかなぁ。
ラジオで、欧州の二酸化炭素削減目標値が変わったと報じていたのを聞いていた。
欧州はそれまで50年後には現在(1996年を基準として)より二酸化炭素削減目標を50%削減としていた(たしか・・明確でなくてごめんなさい)。
この数値自体も実現の可能性が低いんじゃないか?と自分では思っていたから、少し軟化するのか?と勝手に推測していた。よくよく計算してみたらそれほど切羽つまった状態じゃありませんでした、と。
つづくアナウンサーの言葉は「欧州は目標を80%削減に変更することを決めました」だった。
「80パーセントォ!!」思わず一人で声をだした。
そんな数値目標どうやって実現させるんだ?と驚いたと同時に、問題はそれほど深刻なんだ・・という暗転したおもい。
欧州各国(特にドイツなど)は、この問題に取り組む真剣度は日本よりも数段も高い。
環境問題には必ず経済のしがらみが絡んできて、円滑な対策は足を引っぱられるのが常だ。
日本やアメリカは欧州各国よりも経済を優先させる。
先進各国のように市場経済主義を導入している国にとっては、消費を促進させることは必須のことであるので、最低限仕方のないラインがある。
そのラインを大きく超えてまで消費対策を講じる必要があるのか?または多少は経済活動を抑えて環境問題に舵をきるのか?このせめぎあい・・
クリスマスイリュミネーションを見て、「日本はこんなんでいいのか?楽観的すぎやしないか?」という想いもあって更に居心地がわるくなってしまう。
この問題はもっと真相を知らないといけない。
まだまだ限られた情報と知識での考えだから自分の確信にはいたっていない。
よくこういうグローバルな問題を考えるときに、視野をできるだけ広くしないといけないということは言うまでもない。
そうでないと、偏狭で誤った考えに陥りがちになる。
そして、「自分と子どもと孫の世代までは、何事もなくなんとか無事に・・」なんてなる。
もしくは「日本だけは」とか「ウチの会社だけは・・」といったさらに狭い考えに。
資本主義経済では各企業は競争して勝たないといけないとする仕組みだから、環境なんかに気をとられると負けてしまうという一面がある(本当にそれだけかどうかは疑わしいが・・)。
そういったことで「ウチの会社さえよければ・・」や、自然で素直な人情から「ジブンチさえよければ・・」という考えになりがちだ。
人間だったらそうなるのはごく自然なことかもしれない。
しかし、そのごく自然の考えを、こういう場合にあえて持ち出さないようにしなくてはならないと考える。
よく言っていることだけど、モノゴトを考えるときに縦軸(時間)と横軸(世界)をできるだけ多く見渡して考えていかないと、結局は正しい答えは見いだすことはできない。
世界の現状をよく見ていかないと!
これは知れば知るほど苦しくなる。
真相は知れば知るほど、深く巨大な様相がはっきりと見えてくるので、自分の非力さに絶望を感じるようになる。
しかし、そこも考えようで、そういうときは違った視野からモノゴトを見るといい。
違う突破口に気づいたりする場合があるからだ。
とはいっても、この環境問題にイレギュラー的な抜け道があるとはそう簡単には言えないが・・・
と、東京の街についてうんぬんかんぬん言ってきたけど、最近は東京が好きになってきた。
それまで嫌いというわけでなないけど、あまりいい部分を知らなかっただけ。
近頃よくいくようになった青山一帯の街は、本当に居心地がよく自分にあう街だとわかってきた。
赤坂、青山、六本木界隈はなんかとても落ち着くんですよねー。
■で、今日はその好きな街でこれまた好きなサントリーホールでコンサート^^
チョン・ミュンフン指揮東京フィルによる特別演奏会。
ピアノソリストにはクリスチァン・ツィメルマン!
そのツィメルマンによるルトスワフスキーも楽しみだけど、ミュンフンの『悲愴』に期待している。
ミュンフンのチャイコフスキーの『第4』の名演を知っているので、この『悲愴』もおそらくとんでもない演奏になるはず!
今年5月に聴いた小澤さんの名演がまだ心に残っているので、その比較ができる。
さてさて、どうなるでしょうか!!??
じゃんじゃん♪