■シナリオ学校からは毎週宿題がでる。
疲れていようがなんだろうが、こっちは出さなければならない。
この“出さなければならない状況”でないとおれの場合やらない。
自分だけでスケジュールを組んでやっても意思が弱いので、だいたい途中で挫折してしまっている。
強制的な状況にならないと行動しない性質だから、この宿題は好都合だ。
それにこんなにおもしろい宿題もないね。
好きな設定で自分のオリジナルな話をつくるんだから。
それに、どうせやるんなら絶対におもしろいものを書いてみようと思っているし、そういう思考って楽しいもの。
何かを創造しているときって世の中に対する関心の幅が広がるもので、最近はいろんな人への関心がでてきた。
スケートの浅田真央さんが思わぬ高得点をとったときの驚愕の表情はたいへん参考になったし、「人ってこういうときどういうことをするんだろうか?」とよく見るようになった。
今考えているストーリーも前回に引続きくだらなく可笑しいんだけど、それとともに正反対の社会的なストーリーも浮かんできて、これはこれで徐々に暖めていこうと思う(相反する題材を並行してすすめる方式は、ベートーヴェンがよくやっていた)。
それと、音楽からは構成力を学ぼうとおもっている。
特にベートーヴェンの音楽の構成力は巨大な建築物のような立派なもので、これをストーリーの構成の参考にならないか?と探している。
音楽には表現方法や構成力や展開方法などのヒントがたくさんあるものだ。
交響曲は大雑把に言っちゃえば1つの大きな物語を描いているようなものであるし、その途中途中のどこの部分を聴いてもおもしろい。
これは大事なことだ。
優れた映画にしてもどこを切って観てもおもしろいもので、そういう話でないと本当におもしろいものではない。
ベートーヴェンのようながっしりした構成は、黒澤明監督の白黒時代の映画でも感じる。
息苦しいほどの凝縮度。すごいエネルギーだとおもう。
そういえば黒澤さんの好物は分厚いステーキだったそうで、食べ物はその作品に影響するものかもしれないな。
オレなんか蕎麦とか軽めのものしか食べなくなったから、もっとしっかり食っていかないとダメかも^^;
■あと、よく言われることだけど、人っておもしろいと思うことは勝手にやってしまうので、そういう人はどんどん上達していく。
ヴァイオリニストやピアニストのなかには毎日8時間以上練習しても辛いとか感じない人がよくいる。
楽しくて楽しくて仕方がないという。
また、そうではなくある使命感や達成感を目指して努力し続ける人もいる。
そのどちらもが成長する鍵になっている。
学校の先生も言っていたけど、
続ければ確実に力になる。
続けないと確実に力はおちる。
継続こそ力になる単純な世界なのだ。
だから、人は好きなことを見つけてそれにむかって努力することは何よりも大切なことだ。
その充実度といったらそれまでの日常とはまるで別世界にいるかのようだろう。
でもなかなかその好きな物自体が見つかりづらい事情もある。そこが難しい。
音楽を愛する感性だっておなじ。
大切にしないと音楽を感じる感性は鈍ってきてそのうちあまり関心をしめさないようになってしまう。
好きなものは大切にしていかないといけない。
放っておくと離れてしまう。
まあ、好きであればほうっておくことはないだろうが、時間に追われる生活だとこれはあぶない。
努力してそれに費やす時間をつくることが求められる。
だからというわけではないが、最近とくに自分の生活時間を大切にしている。
会社は会社、家庭は家庭、自分の時間は自分の時間という線引きを出来るだけつけて、それぞれの時間を意識する。
会社については最低限やるべきことを。
あとは家庭や自分の時間に完全に切り替えて、そっちで生きる。
■さいごに、服について、ふくふきママさんの記事を読んで思い出したけど。
一昨日服を買いに街にいったんです(街と言っても村に住んでいるわけではないが^^;)。
服の世界も売れる傾向のものを各店そろえているわけであって、どこも似たようなものしかない。
時に男性ものって少ないから選択の余地はさらに狭くなる。
今の季節はダーク調カラーが主流。それもいいが、いま欲しいのは赤や朱といった明るいカラーのものなんだけど、なかなかない。
あってもかなり高くてとても手が出ない・・・
もっと多様にならないものか??
欧州の人とか見ていると高齢者の人でもいろんなカラーやデザインの服を着て楽しんでいる。
日本のオッサンはあまり服に関心がないのだろうか。もっと楽しめるのに。
じゃんじゃん
疲れていようがなんだろうが、こっちは出さなければならない。
この“出さなければならない状況”でないとおれの場合やらない。
自分だけでスケジュールを組んでやっても意思が弱いので、だいたい途中で挫折してしまっている。
強制的な状況にならないと行動しない性質だから、この宿題は好都合だ。
それにこんなにおもしろい宿題もないね。
好きな設定で自分のオリジナルな話をつくるんだから。
それに、どうせやるんなら絶対におもしろいものを書いてみようと思っているし、そういう思考って楽しいもの。
何かを創造しているときって世の中に対する関心の幅が広がるもので、最近はいろんな人への関心がでてきた。
スケートの浅田真央さんが思わぬ高得点をとったときの驚愕の表情はたいへん参考になったし、「人ってこういうときどういうことをするんだろうか?」とよく見るようになった。
今考えているストーリーも前回に引続きくだらなく可笑しいんだけど、それとともに正反対の社会的なストーリーも浮かんできて、これはこれで徐々に暖めていこうと思う(相反する題材を並行してすすめる方式は、ベートーヴェンがよくやっていた)。
それと、音楽からは構成力を学ぼうとおもっている。
特にベートーヴェンの音楽の構成力は巨大な建築物のような立派なもので、これをストーリーの構成の参考にならないか?と探している。
音楽には表現方法や構成力や展開方法などのヒントがたくさんあるものだ。
交響曲は大雑把に言っちゃえば1つの大きな物語を描いているようなものであるし、その途中途中のどこの部分を聴いてもおもしろい。
これは大事なことだ。
優れた映画にしてもどこを切って観てもおもしろいもので、そういう話でないと本当におもしろいものではない。
ベートーヴェンのようながっしりした構成は、黒澤明監督の白黒時代の映画でも感じる。
息苦しいほどの凝縮度。すごいエネルギーだとおもう。
そういえば黒澤さんの好物は分厚いステーキだったそうで、食べ物はその作品に影響するものかもしれないな。
オレなんか蕎麦とか軽めのものしか食べなくなったから、もっとしっかり食っていかないとダメかも^^;
■あと、よく言われることだけど、人っておもしろいと思うことは勝手にやってしまうので、そういう人はどんどん上達していく。
ヴァイオリニストやピアニストのなかには毎日8時間以上練習しても辛いとか感じない人がよくいる。
楽しくて楽しくて仕方がないという。
また、そうではなくある使命感や達成感を目指して努力し続ける人もいる。
そのどちらもが成長する鍵になっている。
学校の先生も言っていたけど、
続ければ確実に力になる。
続けないと確実に力はおちる。
継続こそ力になる単純な世界なのだ。
だから、人は好きなことを見つけてそれにむかって努力することは何よりも大切なことだ。
その充実度といったらそれまでの日常とはまるで別世界にいるかのようだろう。
でもなかなかその好きな物自体が見つかりづらい事情もある。そこが難しい。
音楽を愛する感性だっておなじ。
大切にしないと音楽を感じる感性は鈍ってきてそのうちあまり関心をしめさないようになってしまう。
好きなものは大切にしていかないといけない。
放っておくと離れてしまう。
まあ、好きであればほうっておくことはないだろうが、時間に追われる生活だとこれはあぶない。
努力してそれに費やす時間をつくることが求められる。
だからというわけではないが、最近とくに自分の生活時間を大切にしている。
会社は会社、家庭は家庭、自分の時間は自分の時間という線引きを出来るだけつけて、それぞれの時間を意識する。
会社については最低限やるべきことを。
あとは家庭や自分の時間に完全に切り替えて、そっちで生きる。
■さいごに、服について、ふくふきママさんの記事を読んで思い出したけど。
一昨日服を買いに街にいったんです(街と言っても村に住んでいるわけではないが^^;)。
服の世界も売れる傾向のものを各店そろえているわけであって、どこも似たようなものしかない。
時に男性ものって少ないから選択の余地はさらに狭くなる。
今の季節はダーク調カラーが主流。それもいいが、いま欲しいのは赤や朱といった明るいカラーのものなんだけど、なかなかない。
あってもかなり高くてとても手が出ない・・・
もっと多様にならないものか??
欧州の人とか見ていると高齢者の人でもいろんなカラーやデザインの服を着て楽しんでいる。
日本のオッサンはあまり服に関心がないのだろうか。もっと楽しめるのに。
じゃんじゃん