
「どうかわかんないっすね~」って言っていたけど、そいつの友達でこういう人がいる。
会社に勤めながらアジアの経済的に貧しい子どもたちを支援したいということで、いろんな企業に支援要請をしたけど、なかなかうまくいかない。
ついには勤めていた会社を辞めてNPOで本格的に活動するようになった。
「大学を卒業し、やっと入った会社を辞めてまで支援活動するのは何かもったいない・・もっと自分のことも大切にしたらいいのに・・・」というようなことを言っていた。
知り合いという目線でみればそうかもしれないが、その友達から見たら「お前こそそんな状態でいいのか?」とか違った見解をもっているもの。
世の中には模範正解はないから、その友達も自分の正解を求めて歩き出したのだろう。
これは成功するとかしないとかの問題ではない。
■そもそもなんでそんな話をふったかというと、先日たまたま見たNHK「一期一会」という番組の印象が残っていて、頭んなかで反芻していたからだ(この番組たまに観るけどいいんだよね)。
今回登場したのは医大生の葉田君とフォトジャーナリストの安田さん。
彼等は経済的に困窮しているアジアの子どもたちを救おうと本気で活動している。
強い信念からうみだされるまっすぐなパワーはすごい。
活動をはじめたきっかけはそれぞれだけど、ともに世界の悲劇を放ってはおけない心情をもっている。
・・・というと硬い感じがするけど、とても自然な印象の2人だった。
特に安田さんは、天性の明るい性格もあってどんどん己の道を開拓している姿がたくましい。
「恩返しをしている」という言葉もどこか爽やかさがある。
はじめは寝っころがって観ていたけど、いつの間にかちゃんと座ってみていた(笑)
現在の若い人の中には、こういうことをちゃんと考える人たちが目立ってきた。
(オレが学生のころにはそんな風潮はまだ薄かったもの。勢いだけはあったけど世界に目は向けていなかった)
そんなことがあって、「世界は変えられるのだろうか」と漠然と考えていた。
(テーマがデカイだけにもっと区分けして考えた方がいいのだろうけど)
そもそも、世界を変えることが本当に必要なのか?というレヴェルからスタートする必要がある。
文化や考えが違う現地の人にとって何が本当に幸せなことなのか?という配慮。
アメリカのように資本主義経済こそが絶対的に正しく、世界のどこにでも軍事介入をして和平を確立させる、という偏った考えになってもいけない。
そのためには世界をちゃんと見ていないとわからないし、考えようがない。
民間の支援方法だって、現地の人達の“自立”を妨げるような支援は必ずしもいいとはいえない。
■ただ単に「世界を変えられるのか?」ということに限っていうと、「変えられる」と思っている。
変えられる力をみんながそれぞれもっている。
人間の世は、良くも悪くも人間がキーを握ってしまっている。
9・11は世界を悪い方向に変えた。
人々の間に警戒感・不信感が広がった。
それとともに現実では起きるわけがないであろう出来事が起きてしまったというショック(動揺)をうけた。
このテロは人が起こしたもの。
ならば、人はその反対の方向にだって舵をきれるはずだ。
ここでもよく書くことだけど、人の行いは、水の波動のように人から人へじわじわ伝わるものだと思っている。
大きな変革は難しい。
けれど、小さな変革は誰にでもできることだ。
小さなことでもやれば変わるもので、そこには明るい希望を感じている。