■今朝、鳩にパンの切れ端を与えているおじさんを見かけた。

おそらく毎朝そこであげているのだろう。鳩はちゃんとエサの時間を知っていて、そのおじさんがくるのを待っている。

おじさんがパンを投げ込むと、鳩たちは大騒ぎしてパンをつつきはじめる。

鳩はパンを丸呑みできないでつつくから、鳩の集団からパンがときたまピョン!って飛ぶの見える^^

車に乗っている人も歩いている人もこの光景を面白がってみている。

オレもつい見ていた。

動物たちが一心不乱にエサを食べているところってなんであんなにおもしろいんだろう?

おもしろいし、見ていて気持ちがせいせいしてくる。

ウチのガキ共もスパゲッティなんか食べると、口の周りをケチャップで真っ赤にしながらガツガツ食ってておもしろい。

アレは動物に近いな(笑)

そもそも食事なんて気取って食べたっておいしくないんだから、食いたいように食えばいい。

動物といえば、明日は日曜日の振り替えでお休みだから、子どもたちと上野動物園でも行ってこようと思う^^

お盆だから混んでるかな?



■人って本来から兼ね備えられている優れた適用能力のおかげでどんな環境でも己をその環境に染めることができる(適用できる)。

気がつくと、異だった風土に自分が溶け込んでいるということになるが、これには良し悪しがある。

1つの環境に合わせすぎると、物事のすべてが“なあなあ”になってしまい、気をつけていないと従来持っていた自分のポリシーや野望や意思までもが呑み込まれて、無くなってしまう恐れがある。

オレはそういうのはイヤなので、できるだけ環境に染まらないように気をつけている。

もともと自分は何がしたかったんだ?どういうポジションでいたかったのか?と考えて行動を修正している。

だからというわけではないが、友達はいるけど、馴れ合いの仲間はもたない。

自分をフリーの立場においていきたい。

ターゲーを履いているのももしかしたらそういう心理のあらわれかもしれない。

履物として気に入っているというだけでなく、“みんな”から離れた変な存在でいたいというね。

うん、たぶん、そうだろうな。

そしてそれも楽しいと思ってる。


年に数回しか行かない会社の人達との飲みは、どこか傷の舐めあいみたいになるし、変に気を遣いあって本気でおもしろくないし、まどろっこしいからやっぱり合わない。

で、やっぱり断っちゃう。


・・こう書くと、オレって自由をもとめているのかな。

では今は自由ではないのか(そんなことはない)。

でも、何かが物足りないという気持ちはある。

それは大人になってからずっとそうだ。


それと時間

時間を大切にしようと今まで以上に思っている。

時間ってヤツは不思議だ。

普段は一週間なんてアッという間だけど、この一週間だけは長い。長く感じている。


気持ちしだいで時間の長さは変わる。