
■岡本太郎さん渾身の作、太陽の塔をはじめて目の当たりにした。
先週の大阪出張の会議会場のとなりが偶然にも万博記念公園だったのだ。
観光ではないので、事前に大阪の街の知識は収集していかない。
いつもは淀屋橋で打合せをして、なんば周辺の居酒屋で飲むというパターンだからその必要もない。
でも、太陽の塔が大阪万博の象徴的シンボルであることは知っていたし、観光に行ったときにでも太陽の塔に“会ってみたい”と思っていた。
だから今回の偶然はとてもうれしかった。
ちょっと早めに出て万博記念公園に行った。
大雨のあとのせいか、それとも桜がすべて散ってしまったせいなのか、公園にはほとんど人が見当たらない。
入場券を買ってゲートをくぐるといきなり目の前に圧倒的な見慣れた太陽の塔と対面させられた。
実際の太陽の塔とはこういうものだろうと予想はしていたけど、その存在感の大きさに圧倒させられた。
「・・これが太陽の塔か・・ふーん、そうかぁ・・」
などと予想以上の迫力にしばらくじっと見つめていた。
■先月放送した岡本太郎さんの特集TVで、この太陽の塔を製作しているときの模様とインタヴューがあった。
「近代文明の進歩にあえて挑戦するかのような、ただバカみたいに巨大なもの・・・」
よく見かけるたんなる観光目的でつくられたはりぼての建築物とは格段にワケが違った。
太陽の塔はいまでも生きている。
訴えかけてくる何かを十分に感じた。
塔の正面は“太陽の顔”と“黄金の顔”があり、その“太陽の顔”の表情はひんまがっていて怒っている。
しかも両腕を目いっぱい横に広げて、「ここから先にはくるな!」というような拒絶にみえる。
拒絶だとしたら何を拒絶したのだろう?
文明に頼りすぎる現代人の人間性の崩壊、空洞化に対する拒否。。。ではないかと思った(たしかインタヴューでもそう語っていたような覚えもある)。
これを万博のど真ん中のいちばん目立つところに建てるあたりが、太郎さんらしい。
それに万博主催者側も柔軟で“分かる人”だ(大阪だからこそ実現したのかも)。
この塔のメッセージは深く印象に刻まれた・・
思いがけない体験ができた。
■それと万博当時のいろんな催しモノを展示してあるコーナーがあった。
そのなかにレニーと小澤さんがニューヨーク・フィルとともに万博に来ていたポスターがあった。
「曲は何をやったのだろう?」と探すと。
マーラーの交響曲第9番。
なるほど・・これもとんでもない演奏が繰り広げられたことだろう。
■大阪はやっぱりまだまだ人間の濃い連中が多く暮らしているまともな都市だった。
1人で街を歩くときはガイドブックもなく土地勘がほとんどないので、どこへ行くにも人に道を尋ねる。
なんばでパチンコのティッシュを配っていた青年は、予想外に親しみのある口調で親切に教えてくれた。
コンビニのおばちゃんなんかいかにも威勢のいい大阪の人で、マニュアルなんか決して受入れない語り口で、こっちが楽しくなる。
朝から何軒もある立ち飲み屋はかなり繁盛していた(オレも一瞬のれんをくぐろうかと思った)。
大阪の繁華街の主張は特異かもしれない。
言いたいことはぜんぶ言う。
街ぜんたいの景観や周囲とのバランスへの配慮はあまりない。
エスカレーターだって乗り方は大阪だけが左右反対だ。
(日本のエスカレーターはいつのころからこういう乗り方になったのだろう。以前はそんなのは関係なかった。それは誰も急いでなかったのかもしれない。急ぐヤツがいても階段を使っていたのだろう)
頑なだ。
この大阪の頑ななところがオレと合うから、気に入っているのかもしれない。
日本はどこへ行っても似たような都市になってしまい、人間自体も似てきてしまっている。
それは無理もないことではあるが、やはりどこか寂しい。
東京はずいぶん変わってしまった。
大阪はいつまでも大阪であってほしい。
例えていうと、東京はベルリン・フィル、大阪はウィーン・フィルのようでもある。
そういえば、昨日のサラリーマンNEOのセクスィー部長、大阪が舞台でしたね(笑)
大阪では会わなかったなぁ^^
じゃんじゃん