■昨日ようやくフェリーニの『甘い生活』を最後まで観た。

前回書いたような“なかなかの傑作”どころではない。その上の上だ。
簡単には言葉では言い表せないほどの感慨深い作品だった。
フェリーニ監督とスタッフ、キャスト陣はよくこんな凄い映画を撮ったものだ。
ありがとう!!
なんだかお礼が言いたくなってしまった(笑)

■マルチェロはラストに少女と海辺でたまたま遭遇したが、波の音でお互いに何を言っているのか分からない。
マルチェロはその少女が以前にリゾート地にいたウエイトレスであったことに気がついていない。
少女の方はマルチェロには気がついて必死に笑顔で語りかけるが、波の音が二人を遮っている。
結局、最後までマルチェロはその少女が誰だか気がつかないで、いつもの“甘い生活”に戻っていってしまう。立ち去る彼をやさしいまなざしで見つめる女の子。
ここでこの映画はいきなり終わり、エンドクレジットが静かにながれる・・・

「最後にこれかぁ・・なんなんだろう、あの笑顔は・・」

■ここで仮にマルチェロが少女が誰だが気がついても、彼のその後の人生は変わらないだろう。
そういうことではなく、人生における一瞬の淡い交差でしかないのだけど、そこにこそいろんな意味がある。
それは、たわいもない瞬間で、その直後に表面的な意識では忘れ去ってしまうかもしれないが、心のどこかでは希望を感じていたり、未来や世の中には可能性があることを解ることができた・・・
なんかまるでうまく言えないけど、考えさせられるラストシーンだった。
それまでの展開も凄いけど、あまりに多くの要素がありすぎる映画なので到底書きつくせない。

題名の“甘い生活”は、実は甘くなんかなく、むしろ人生の苦渋を体験しつくすような内容で、それはそのまま人ということなのだろう。

しかし、随所にフェリーニ的な遊びがあって、それはとても楽しかった。
いろんな人種やキャラクターをいっぺんにじゃんじゃん登場させたり、
廃退しきった貴族のパーティーでは、まるで演劇の終了のように出席者が退場するシーン。
そこで俳優に手拍子を打たせてあるリズムを生みだすことなど・・など・・


フェリーニって人は、映画を真剣に、しかもすごく楽しんで撮っているんだなぁ、いいなぁ、と思った。