■ふと思ったのだけど、人の性格や性質って、その人が望まなくても勝手にある方向にむかってしまうのではないか。
たとえば、ちいさな子どもを見ていると、それぞれの個性こそ違うが、どの子も純粋で素直なものだ。
それが大人になってくるといろんな人間になってくる。
このまえTVでイチローが言っていた。
日本でプレーしていた時代。
はじめて200本安打を達成したとき、マスメディアの執拗な取材攻勢から自分を守るために、頑な態度をとらざるを得なかったのだと。
そういう態度でもしなければ自分を維持できなかったのだろう。
僕もふだんからいろんな人と接する。
気が合う人、合わない人、いい感じの人、いやな感じの人、たのしそうな人、つまらなそうな人・・それはもういろんな人がいる。
自分を守るために、頑なな態度をとらざるを得なかったイチローのことを考えると、感じの悪い人も本当は自分ではそんな態度を望まないのだけど、仕方なくつっけんどんな態度をとらなければならなかったのでは?
DNAか意識の内部でそういう判断をして(回路をみつけて)、気がつけばいつのまにかそうなっていた、のでは? と思うのだ。
根本的には悪い人間はいない。
こういう防御本能が働いて悪くなってしまっただけ。
反対にねじまがらずに真っすぐに生きてこれた人は、たまたま悪くなる必要が無かったのか、自分自身で強い“何か”を持っていただけ・・
などと、考えていました。
■先日TVで放映していた『男はつらいよ』を観た。
これは初期の“寅さん”で、吉永小百合さんがマドンナ。
この頃の寅さんは元気いっぱいだった。
あれだけ元気があって輝いている人って、はたして今の日本にいるのだろうか?と思うほど元気なのだ。
久しぶりの寅さんは思いっきり笑えたし、ほろりとさせてくれる。
しかし、晩年の“寅さん”はあまり笑えなくなってしまった。
“寅さんの恋愛”から、甥のミツオの恋愛がメインになっていった。
それとともに脚本もシリアスな内容に変化していったからだ。
それでも晩年の“寅さん”もよかった。
「人間とは?生きることとは?」といったことをよく考えさせてくれた。
みんなが大笑いしている上野の映画館になかで、僕だけ神妙な思いでスクリーンを観ていたとこをおぼえている。
“寅さん”は僕がガキの頃から親戚のおじさんに上野や浅草の映画館に連れていってもらって観ていた。
映画のあとにきまってうなぎやらハンバーグやら美味いもんをご馳走してくれて、それは楽しい一日を過ごしたものだ。
このおじさんは見た目も性格も寅さんみたいな人で、映画館でよく笑っていた。
しかも大きな声で。
一緒にいた当時の僕は、その大きな笑い声がとても恥ずかしかった・・・「いくらなんでも笑いすぎだろ」って(笑)
でも、いまでは僕が映画館でよく笑う大人になってしまった(笑)
おじさんほど大きな笑い声ではないが・・
じゃんじゃん
たとえば、ちいさな子どもを見ていると、それぞれの個性こそ違うが、どの子も純粋で素直なものだ。
それが大人になってくるといろんな人間になってくる。
このまえTVでイチローが言っていた。
日本でプレーしていた時代。
はじめて200本安打を達成したとき、マスメディアの執拗な取材攻勢から自分を守るために、頑な態度をとらざるを得なかったのだと。
そういう態度でもしなければ自分を維持できなかったのだろう。
僕もふだんからいろんな人と接する。
気が合う人、合わない人、いい感じの人、いやな感じの人、たのしそうな人、つまらなそうな人・・それはもういろんな人がいる。
自分を守るために、頑なな態度をとらざるを得なかったイチローのことを考えると、感じの悪い人も本当は自分ではそんな態度を望まないのだけど、仕方なくつっけんどんな態度をとらなければならなかったのでは?
DNAか意識の内部でそういう判断をして(回路をみつけて)、気がつけばいつのまにかそうなっていた、のでは? と思うのだ。
根本的には悪い人間はいない。
こういう防御本能が働いて悪くなってしまっただけ。
反対にねじまがらずに真っすぐに生きてこれた人は、たまたま悪くなる必要が無かったのか、自分自身で強い“何か”を持っていただけ・・
などと、考えていました。
■先日TVで放映していた『男はつらいよ』を観た。
これは初期の“寅さん”で、吉永小百合さんがマドンナ。
この頃の寅さんは元気いっぱいだった。
あれだけ元気があって輝いている人って、はたして今の日本にいるのだろうか?と思うほど元気なのだ。
久しぶりの寅さんは思いっきり笑えたし、ほろりとさせてくれる。
しかし、晩年の“寅さん”はあまり笑えなくなってしまった。
“寅さんの恋愛”から、甥のミツオの恋愛がメインになっていった。
それとともに脚本もシリアスな内容に変化していったからだ。
それでも晩年の“寅さん”もよかった。
「人間とは?生きることとは?」といったことをよく考えさせてくれた。
みんなが大笑いしている上野の映画館になかで、僕だけ神妙な思いでスクリーンを観ていたとこをおぼえている。
“寅さん”は僕がガキの頃から親戚のおじさんに上野や浅草の映画館に連れていってもらって観ていた。
映画のあとにきまってうなぎやらハンバーグやら美味いもんをご馳走してくれて、それは楽しい一日を過ごしたものだ。
このおじさんは見た目も性格も寅さんみたいな人で、映画館でよく笑っていた。
しかも大きな声で。
一緒にいた当時の僕は、その大きな笑い声がとても恥ずかしかった・・・「いくらなんでも笑いすぎだろ」って(笑)
でも、いまでは僕が映画館でよく笑う大人になってしまった(笑)
おじさんほど大きな笑い声ではないが・・
じゃんじゃん