■小説家には自ら命を絶ってしまった人は少なくないが、作曲家(音楽家)ではそういう人をほとんど聞いたことがない。

これにはきっと何かはっきりした理由があるはずだ。

作曲家でも小説家でも目指すものは結局は同じものかもしれない。

それぞれの表現方法は異なれど、己の内面にあるものの探求とその最大限の表現。

その創作過程で(人間であれば)いろんな困難に遭う。

ときには死を意識することもめずらしくないだろう。

でも、音楽家は最後の最後まで絶望はしない。

なんとか生きる道を見つけだす。

僕はここに音楽のもつ力があると思っている。


■指揮者クラウディオ・アバドは数年前に胃癌による大手術を経験した。

胃のほとんどを切除してしまったが、今ではすっかり元気になって活発な音楽活動をしている。

僕は彼の音楽が好きだ。

そのアバドの言葉に、「(闘病中)僕は音楽に救われた」というようなことを言っていた。

彼のなかに音楽がつねにあって、勇気づけられたり、希望を失わなかったり・・彼の心に数々の名曲や偉大な音楽家の生きざまが、ぴったりと寄り添っていたのだろう。



音楽には確実に力がある。


このことはずっと以前からそう思っていて、たまに考え続けてきた。

それが最近だんだんと分かってきた。


僕もかなりな部分でその恩恵を受けている。

僕が今の人間になったのは、音楽による影響があったからだと信じている。

それも思っている以上に大きな影響が。

いつでも、(実際に音楽を聴いていなくても)なんとなく頭のなかで音楽が鳴っている。

そのせいもあるのか、日常はだいたい楽しい気分でいられる。

家に帰るとその“なんとなく頭のなかで流れていた音楽”を聴く。

そのときは確認しながらも聴くので、新たな発見をしたりする。

でも、だいたいルービーを飲みながらなので、だんだん曖昧になる。

しまいには、音楽とルービーの両方に酔ってしまい、ブレーキが利かなくなる。

「明日の仕事なんてどうだっていいや!どうにかなんだろう!」

そして体力が尽きるまで飲んだり聴いたりして、

翌日は「あ~あ、やっぱり、ねみ~・・」ってことになる。



ダメじゃん