■先週の読売新聞に『哲学カフェ』の記事があった。

『哲学カフェ』??

これは関西エリアで催されている活動で、とある喫茶店を舞台に、ある根源的な1つのテーマを、(誰でも予約なしで参加できて退出も自由)議論しあうというもの。
発言は強制でないので、意見のない人はしゃべらなくてもいい。
それに、なにも哲学の知識などは必要ない。
自分がそのとき思ったことや感じたことをストレートに言えばいいわけだ。

画期的な活動だと思った。

う~ん、是非とも参加してみたい!!!
でも関西かぁ・・遠いな・・・

“カフェ”というのがいい。
『哲学バー』ではみんな酔っぱらって議論どころか喧嘩になったりして、収集がつかなくなるだろうからね(僕も酒が入るとたまにわけが分からないこと言って相手を困らせたりしてます^^;)

■人間の内面に関連する根源的なテーマの1つ(それは最終的な答えは出ないもの)を徹底的にいろんな角度から自由にみんなで話し合って追求していくという過程は、とても魅力的なものだ。
それは、自分の思いもしなかった思考・思想の発見に驚いたり、他人の内面の気持ちや思考までも知ることができるのだから。

特段むずかしい知識などはまったくいらない。それまでの自らの経験だけで気楽に話せばいいのだ。

会話で大切なことは、相手に配慮しつつも自分の思ったことはきちんと主張するということだろう。

こういう類の話しはよく飲んだときにするが、会話の展開によってそれまでの自分自身の固定的な概念だったことも、コロッと変わってしまうこともあるものだ。
だから深い話し合いは、“冒険的思考”も活発になり、おもしろいものなのだ。


ちなみに『哲学カフェ』の今までのテーマは・・
「友達を使い分けることはできるか?」
「生きる意味とは?」
「夫婦とは?」
「親切とおせっかい」
「その人らしさとは何か?」
「夢をもつことは必要か?」
・・などなど
なかなか興味ぶかいですね~^^

関西方面出張の際にタイミングが合えば参加しようっと(笑)


でも、本来ならどこでも誰とでもこういう話がなされるのが普通だと思う(誰しも関心があることなのだから)。
なにも『哲学カフェ』に行かなくとも、街のカフェでいいわけなのだ。
一緒にいる人に「ねぇ、生きるってどういうこと?」と聞いてみればいいだけだ。
きっと、その人の心が聞けるだろう。


じゃんじゃん