
たけしさん自身の監督作品ではなかなか見せない(?)シリアスで控えめで、迫真の演技はしばらく印象に残っていた。
普段はサスペンス物語をあまり見ないのだけど、4分間のなぞのトリック挑む執拗な執念はスリリングであった。
でも、トリックの種明かしが飛行機であったのはちょっと残念。
呆気ないと言うか、「それを使っては台無しにならないか?」と思った(笑)
物語の舞台となっているのは昭和30年くらいだったかな?
まだこの頃の移動手段は大概が列車によるもの。
1日以上もかけて九州や青森、北海道へ行くしかないのだ。
当時の人々はそれしかないのが当然なので、もっと速く行けないのか?!といった不満はない。
現代は移動速度も格段に速くて便利になったのに、ちょっとでも遅れると文句をいう人がいる。
(駅員にしても過剰すぎるお詫びをしている)
人々の速く移動したいという欲求と、交通技術の発展は、どんなにいっても人は満足しないだろう。そしてこのイタチゴッコはづっと続く
■さて、本題はこれから。
これも前から気になっていた
今のように東京からヨーロッパまで14時間で行けてしまうのは、人の基幹であるDNAにというかどこか重要な機関に思いもよらない変調をきたしたりしないか?と
(本来、生き物としてもっていた時間の感覚などが急速な技術発展に追いつかない)
眠って起きたらまったく世界の違う外国にいる。というのが、なんとなく自分の身体に説明できないというか、現実味がない感じかな・・^^;
『点と線』の時代のように汽車でのんびりと、いや、それ以前の江戸時代のように徒歩で行くのが生き物としてまともなような気がしている。
人類は列車やクルマを発明したことによって、重要な要素と決別しなければならない運命になったのか?
何かを得ると何かを失う・・
これは必然であり、絶対的な法則だと思います。
それは、今までの世の中の動きを見ると、どうしてもそう思ってしまうのです。
江戸時代の人を直接会って話しをしたら、どうなんでしょうかね。
時間に関する意識や、志というか、どうだったのだろう。
これは文献である程度はわかる。『忘れられた日本人』(岩波)は当時の日本人のようすがよく分かって興味深かった。
さらにその前の時代。
これからそっち方面の本でも探してみようなか^^
じゃんじゃん