■先週、時間をとって東京都美術館へ『フィラデルフィア』を観にいった。
ちょうど朝9:00の開場とともに入ることができて、なかり空いていてよかった。
さて、今回もなんの知識もないまま作品そのものを観る。
たまに解説を読むが、僕は根本的にはその作品からうける印象しか頼りにしていない。
今回、もっとも印象深かったのはルノワールの『アリーヌ・ジャリコの肖像』
これは画家の奥さんを描いたもの。
なんでも長男を出産後に彼女の実家で描いたものらしい。
絵全体からわきでる幸福感に満ちた淡く明るい色合い。
なの真ん中に比較的大きな面積を占めている彼女のまぶしいばかりのまなざしは、安堵感と幸福感が混ざり合って、はなんとも言えない感動を感じた。
僕はけっこう長い間、その絵の前にいたが、じわじわと感動してきて目頭が熱くなってくるほどなのだ。
それと題名は忘れてしまったが、雲を主体に描いた小さい作品。
僕は雲が好きなので、この画に描かれている雲の表現のうまさには感心した。
細かい描写ではなく、ぜんたいの雰囲気がその時代のその瞬間を切り抜いたようにとらえていて、すごいなと思った。
ピカソ作品も数点出品されている。
キュビズム期の作品で幾何学的な絵が多い。
『三人の音楽士』は昔教科書で観たことがある馴染みの作品だが、正直あまり特別な思いは感じなかった。
ピカソは以前MOMA展で観た『石膏のある部屋』がそれまで観てきた絵画のなかでも圧倒的なパワーを感じて、絵のおもしろさをそれで知ったものだが、今回のはあまりそういう感動はなかった。
あとは、ソリョーリャの『幼い両生類たち』という変わった題名のもの。これは真夏の海辺で戯れる幼い子ども達を描いたもので、真夏特有の激しい日差しの様を見事に表現した名作。
これは完全に写真を超えた臨場感というか現実感がある。
これらを観ていて、優れた絵画というものは、写真による表現とはまったく異なる分野であって、決して比べるものではない。
また、写実主義という分野は、簡単に言ってしまうとそれまでなのだが、ひとつの画家のチャレンジであって、いかに現実に近く描けるだろうかということだろう。
■絵画も音楽も実際の“なま”で体験することに大きな意味がある。
間になにかが入ると、その作品のもつエネルギーは半減されてしまう。真価が伝わらないということは間違った知識となる。
面倒でもお金と時間をかけてでも足を運ぶべきものだ。
■『フィラデルフィア』の後は、久しぶりにPから情報入手したメンラー屋へ。
湯島のぽっぽっ屋という『次郎』系のこってりメンラーなんだが、これは美味かった!
こってりスープのなかに玉ねぎを細かく刻んだものが入っていて、食感もよくさっぱりしていて、ベストマッチなのだ。
麺は当然ながらの太麺。
最近は蕎麦ばかり食べていたが、たまにはこういうメンラーも良い!
じゃんじゃん
ちょうど朝9:00の開場とともに入ることができて、なかり空いていてよかった。
さて、今回もなんの知識もないまま作品そのものを観る。
たまに解説を読むが、僕は根本的にはその作品からうける印象しか頼りにしていない。
今回、もっとも印象深かったのはルノワールの『アリーヌ・ジャリコの肖像』
これは画家の奥さんを描いたもの。
なんでも長男を出産後に彼女の実家で描いたものらしい。
絵全体からわきでる幸福感に満ちた淡く明るい色合い。
なの真ん中に比較的大きな面積を占めている彼女のまぶしいばかりのまなざしは、安堵感と幸福感が混ざり合って、はなんとも言えない感動を感じた。
僕はけっこう長い間、その絵の前にいたが、じわじわと感動してきて目頭が熱くなってくるほどなのだ。
それと題名は忘れてしまったが、雲を主体に描いた小さい作品。
僕は雲が好きなので、この画に描かれている雲の表現のうまさには感心した。
細かい描写ではなく、ぜんたいの雰囲気がその時代のその瞬間を切り抜いたようにとらえていて、すごいなと思った。
ピカソ作品も数点出品されている。
キュビズム期の作品で幾何学的な絵が多い。
『三人の音楽士』は昔教科書で観たことがある馴染みの作品だが、正直あまり特別な思いは感じなかった。
ピカソは以前MOMA展で観た『石膏のある部屋』がそれまで観てきた絵画のなかでも圧倒的なパワーを感じて、絵のおもしろさをそれで知ったものだが、今回のはあまりそういう感動はなかった。
あとは、ソリョーリャの『幼い両生類たち』という変わった題名のもの。これは真夏の海辺で戯れる幼い子ども達を描いたもので、真夏特有の激しい日差しの様を見事に表現した名作。
これは完全に写真を超えた臨場感というか現実感がある。
これらを観ていて、優れた絵画というものは、写真による表現とはまったく異なる分野であって、決して比べるものではない。
また、写実主義という分野は、簡単に言ってしまうとそれまでなのだが、ひとつの画家のチャレンジであって、いかに現実に近く描けるだろうかということだろう。
■絵画も音楽も実際の“なま”で体験することに大きな意味がある。
間になにかが入ると、その作品のもつエネルギーは半減されてしまう。真価が伝わらないということは間違った知識となる。
面倒でもお金と時間をかけてでも足を運ぶべきものだ。
■『フィラデルフィア』の後は、久しぶりにPから情報入手したメンラー屋へ。
湯島のぽっぽっ屋という『次郎』系のこってりメンラーなんだが、これは美味かった!
こってりスープのなかに玉ねぎを細かく刻んだものが入っていて、食感もよくさっぱりしていて、ベストマッチなのだ。
麺は当然ながらの太麺。
最近は蕎麦ばかり食べていたが、たまにはこういうメンラーも良い!
じゃんじゃん