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■先日、NHK新日曜美術館をなにげなく見ていたら、日本画家の堀文子さん(89歳)の特集をしていた。

ボクは堀さんのことはそれまで知らなかった。

ご高齢で身体的にも万全とはいえない状態の堀さんがヒマラヤ高地の酸素がうすい場所までブルーポピーという花を見にいくシーンが映っていた。

その好奇心溢れる目でしげしげと可憐で美しいが棘のある花をみつめる。
それを絵で表現するのだが、なんともいえない味わい深さというか、見たものを堀さんの心の内部でつくりあげ、丹念に絵として表現する。時間をかけてゆっくりと・・

堀さんの生きる姿勢は立派だ。
番組のインタビューで「私、5ミリでもいいから、昇りながら死にたいです。」と語っていた。
みんなから絵を褒められるのは嬉しいが、それでは自分が駄目になってしまう。つねに自分を高みに登らせたい。人間としてもっと高くなりたい・・

描く対象を求めて、なにも前人未踏の地にでかける必要はない。
身近なものにもたくさんの興味深い事実がある。
たとえばミジンコ。
堀さんはミジンコをていねいに育てて顕微鏡で見つめる。
たった一滴のしずくのなかにうごめく無数のミジンコの世界はさながら小宇宙のようだ。
そしてミジンコの身体は神秘的で美しい。生も死もすべてが透けて見える。何事も隠すようなちっちゃいことはしない。その潔さ!

そしてそのミジンコを見る堀さんの目のやさしいこと^^

人の顔は、その人の生き方をそのまま現わす。

子どもの顔というものは、すべてども子もかわいいもの。
どの子も大差はない。それは、幼少の頃はどの子もまともな考えをもっていて、純粋で清らかで、ある意味で立派な人格者だからだと思う。

それが大きくなるにつれてどんどん変わる。その人がどんな考えをもってどんな生き方をしたかはみんな違う。そしてみんな違った表情になる。

この人はこういう生き方をしてきたのかな?とある程度想像できるくらい顔に現れるもの。

堀さんの表情はほんとうに素敵だった。