
この背景にはメディアが子どもに及ぼす影響を懸念して、家庭内におけるメディアにできるだけ触れさせないようにしましょう、というもの(ボクはこれが得策とは思わない。弊害があると分かっていても、まったく遮断するのとは違う。そういうモノもあるということを子どもにも知らせないとならない。でないと自分の信じる道を選択する能力も育たないし、いろんな意味で強くはなれないと思うので)。
もともとウチではTVはあまり観ないが、ボクがラジオ好きなので、家にいるときはクラシックを中心にラジオをつけている(たまにJWAVEのピストン西沢の素晴らしいトークも流れている(笑)。
それにCD!特に料理をしているときはMUSICがあると楽しみが倍増する^^
しかし今は子どもが起きているときは音楽が流せない(仕方なく自分で歌っているが^^)。
はじめは、音楽のない空間に違和感があった。
でも、次第にそれが自然になり、かえって気持ちが落ち着いていることに気がついた。
子どもの遊ぶ声と音楽を同時に聴くということは、聴きたい音楽に集中できないので、かえって音楽が騒々しく聴こえていたのだ(今までは、子どもにも音楽にも中途半端に接していたのかもしれない)。
それと、昼間は音楽から断絶されているので、聴きたい欲求度が増す。これがまたいい。聴くときはそれこそ一生懸命に聴く(笑)
最近はシューマンのピアノ曲(謝肉祭、蝶々、アラベスク、など)にすっかりハマっていて、毎日聴かないとどうも調子がでないほど^^;
これは今度リサイタルに行くので、その予習がてら聴いているのだが、最近はそのおもしろさに魅了されてしまった。
彼のピアノ曲は作曲家人生のごく初期に集中して書かれたもので、なんともかわいらしくて愛らしい作品ばかりだ。
それにユーモアにもとんでいて、いろんなイメージがわく。
謝肉祭の『めぐり合い』などはほんとうにメランコリックで楽しい!!お祭りの場で、思いもかけず恋人や知り合いとばったり会う突拍子もない気持ちの高ぶり。そういうイメージでシューマンは書いたらしいが、それがじつにうまく音符になっている!楽しい曲だ♪
話は中途半端だが、じゃんじゃん^^;