
そんななかで最近意識していることは、もっともっと肩書きやら自分の立場というものをとっぱらっていきたい、ということ(かといって、仕事をしないとか、家庭をかえりみないということではないですよ^^;)。
このスタンスは高校生時代からそんなに変化していないけど、ここんとこはそれがあまりできていない。
最近、「ちょっと息苦しさがあるなー」と思っていたら、自ら一般的な『枠』に収まってしまっている部分があることに気がついた。
会社での役割やら年齢や立場なんかを必要以上に意識している(これらは必要なことでもあるのだが・・)
よく「○○才になったんだから、こうしなきゃ」というように、人それぞれの個人的内面を考慮しない風潮が、この国は強い(本当は人それぞれが違うので、さまざまな状況であるのが当たり前なはず)。
でも、これは順序が逆だろう。
個人的状況(都合)をまずありきで考えないと、『集団>個人』となってしまう。
これでは“個”が押し潰されて息苦しいし、心が弾けだすようなおもしろみがないのではないだろうか。
古来より、人は集団での社会生活をおくって現在のような発展をとげた。しかし、成熟された集団生活を営むのには、一人一人は周囲からも認められて確立された強烈な“個”があるべきなのだろう(そうなって『集団=個人』となってくる)。
また、どんな人にも根本的にはなんの制約もないのが基本であって、現在のようにいろんな立場や肩書きという“服”を着させられると、着膨れして自由に動けなくなってしまう。
だから、できるだけそういう“服”は脱ぎ捨てて、海パン1つくらいの気持ちで(笑)自由にのんびりと漂っていたいと思うのだ。
実際、僕はそういうことを意識して生きているのだが、今の社会はそれを安易に受け入れてはくれない。いろんな障害(壁)はある。
でも、この障害と闘っていくことは意外とおもしろいことなのだ。
単に反発をするということではなく、馴れ合いもしない、といったところか・・・
気のゆるせる友達と会ったり、すばらしい音楽に接したり、そういう自分が好きなことは闘うパワーの源にもなったり、気を休める場にもなっている^^
じゃんじゃん