
じつは・・・聴いてます!
聴かないと僕が僕でなくなってしまうので(笑)、いや、そういう堅っ苦しいものでなく、自然と聴きたくなってしまうので聴いています^^
最近よく聴くのは、ベートーヴェンとモーツァルトのピアノソナタ、とブラームスとシューベルトの交響曲、それにドヴュッシーやラヴェルの管弦楽曲と室内楽といったあたりでしょうか。
こう暑い日が続くと音楽を聴く体力も落ちているのか基本的にはあまり重厚なものに手は伸びない(ブラームスは充分重厚なのだが^^;)。
モーツァルトのソナタは内田光子さんで、ベートーヴェンのソナタはポリーニで聴いている。
内田さんの表現は繊細でとてもいい。
モーツァルトのさまざまな心情をデリケートなピアノの響きをとおして一音一音紡ぎだすようで・・・
最近、彼女はウィーン・フィルとベルリン・フィルと共演しているが、欧州での人気も相当なものなのだろう。
■欧州の方の目と日本人の目、物事を見定める目はちょっと違うように感じる。
簡単に言ってしまえば、
日本人は周囲の動向により自分の位置を決める傾向がある。
欧州ではまずは周囲の状況よりも自分自身での判断が優先される。周囲と合わなくてもそんなに気にしない。
このことは映画や音楽の評価でもあらわれる。
北野武監督は欧州で賞をとってからようやく日本で一目置かれるようになった。
若かりし日の小澤征爾さんも似たような経験をしている。『出る杭は打たれる』を言葉どおり体験した。
最近は日本人も各々が自己をしっかりともち、“個”が確立できるようになったと言われるが、僕はまだまだそうではないと思っている。
多くの人の関心があることは決して多様とはいえない。あるパターン内でのことだ。
ファッションでも同じで、街では奇抜な服装をしている人をみかけるが、べつにその人1人だけではない。それは単に流行にのっとって真似しているにすぎない場合が少なくない。
また、男子学生はズボンを下げてズルスルと歩いているのを見かけるが、それを日本で初めに実践した奴だけは凄いと思う。
その後の連中は自分のポリシーなどはあまりなく単なる追随者であって、これだけ同じような格好が溢れると、もうまったくたいしたことではなく自己主張ではない。そういう追随では面白くないのではないだろうか。『安定』のなかでつっぱっているようなものだ。
かといって、自分だけ独自のオリジナルな生き方などはないと思っている。
やはり、なんらかの影響をうけて、その中から自分のスタイルを選択して組み合わせるものだろうから、まったくのオリジナルはそう簡単にはない。
数ある選択肢から自分の位置をどうするか、がポイントだろう。
単にブームを追うのは簡単だ。それにブームは社会的に先端とされていてステイタスもあるので、居心地はいい。そこには危険もなければ、ほんとうのおもしろさはない。
■昨夜、心理療法家の河合隼雄さんの『日本人とアイデンティティ』を読んでいて、いいことが書いてあった。
「そうだなー・・・」と納得するとともに、なんだか安堵感がひろがった。
次に抜粋します。
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・・・友人にその欠点を指摘しているときは、それを自分の欠点として考え直すほどの姿勢がなければならない。ただ相手をやっつけてやろうという一方的な敵対心だけでは、そこに建設的なものが生じないのである。
相手の欠点を指摘しつつ、なお、自分のほうにも目を向けている。これを“愛”と呼んではおかしいだろうか。欠点がある相手を駄目な奴だと突き放してしまうと、そこに愛は生じない。しかし、欠点を指摘するだけなら誰でもできる。そのときに、自分の内面にも目が開かれることによって、欠点を指摘しつながらも、お互いの心が切れることはない。あくまでも切り捨てることなく、努力を重ねてゆくところに愛があると思われる。
考えてみると、相手に欠点がないように思われ、何もかもうまくゆくのだったら、その人とつきあうことは当然であり、利己的に言っても価値のあることだから、別に愛などという必要はないかもしれない。欠点のある人――誰しも欠点をもっているのだが――と、自分も欠点をもつ人間として関係を維持してゆく努力のなかに愛があるのではないだろうか。
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人どうしの付き合いって、いつでも自分が思うとおり円滑にいくものではない。
しかし、『常にうまくいかないもの』だと認識することは必要なことではないだろうか。
そこからお互いに歩み寄る努力をすれば、いずれはうまくいくように調整され修復されるのだから。
また、そういう努力がない人間関係はかえって味気ないものかもしれない。
ゆとりをもって人と付きあうことは大切なんじゃないだろうか。
では、しばらく夏休みに入ります。
またよろしくお願いしますねー。
じゃんじゃん