
11月にヤンソンス指揮のコンサートに行くこともあって、何かと気になる曲なのだ。
演奏はバーンスタイン指揮とブーレーズ指揮(ともにウィーン・フィル)のもの。
スコアの解説によると、マーラーがこの曲のスケッチを始めたのが40歳からだという。
僕も今年の12月で40歳になる。この同じ歳のときにこの曲を作ろうとスケッチを始めた。
一体どんな気持ちや想いからこの曲を書こうと思ったのだろうか・・と思いを巡らせた。
解説にはさらに次のようなことが書いてある。
『彼の生涯でこの時期は次のような多くの出来事でも注目される。ウィーン国立歌劇場の指揮者として最初の成功をおさめたこと。音楽は決定的な躍進があらわれたこと。そして、彼の健康に重大なおとろえをきたす年でもあり、さらに彼の生涯の妻となる女性(アルマ)とはじめて会った年でもあった。概して言えば積極的な大きな変化と転換の時期であった・・』
そして、有名な第4楽章アダジエットはそのアルマに捧げたラヴレターだったと記憶している。
僕はこの交響曲の第1楽章が大好きで何度も聴く。
さまざまな想い出が浮かんできては、巨大で運命的な力で押しつぶされる。むかしの人生のすべてが楽しく順調だった時期の思い出に浸るような甘いメロディー・・最後のほうは、まるで世界全体がものすごい音を立てながら崩れ去っていくかのような恐ろしい絶望(ここはラトルがすごい)・・・というイメージを考えながら聴いている。
■サラリーマンNEOのウッチャンが特別出演した放送(土曜日)を見ていて、10数年前に僕がザルツブルグへ行ったときにあった、笑ってしまう出来事を思い出した。
お昼頃に適当に入った日本食レストラン。
日本の食堂でよく見かけるどんぶりもののランチ案内がテーブルに置いてあった(ここホントにザルツブルグかいな?って感じでした^^;)。
僕と友人はそのなかから1つずつ注文した。何丼を頼んだのかは忘れてしまった(味はまあまあだったかな)。
そして、出てきたのが・・・仰天。
そのどんぶりには・・、お箸がささっていたんです・・・(わかります?)
注文した○○丼はちゃんと出てきたんですが、お箸は添えられているのでなく、亡くなった人へのお供えもののように、どんぶりの真ん中に見事にささった状態で出てきたのです。
一瞬、友人と顔を見合わせ、「これ・・冗談だよね・・」と怪訝な表情をしたけど、そのあとなんだか可笑しくなって笑ってしまった(笑)
「俺らは死んじゃった人じゃないんだからさ、コレはないよなー」って。
一体どんな人に教わってこの店ではこれを実践しているのだろうか。これが日本の伝統的な食事スタイルだと思って微塵も疑わないような店員の自信も可笑しかった。
衝撃的でしたねー^^
それとあと1つ。
雨が降ってきたので、笠を買おうと雑貨屋(?)に入ったんです。
お店のおばちゃんは他のお客と話していて、その他の店員といえばなぜか中学生くらいの幼い女の子しかいない。
そして僕のまったくつたない英語で、「アー、ウェオ(well)、アイワナ、アンブレラ。」・・と言ったかな?
するとその若い店員さんはまったく理解していない表情。
「アンブレラ、ユーノウ?」とか、しまいにはジェスチャーもまじえて「インザ、レインデイ、ニ、ツカウドウグ」って日本語も混じっちゃってますますわけが分からない。
英語圏意外の欧州って、日本人が思っているほど英語が浸透していないのだろうか。
その若い店員さんが一生懸命理解しようと努めてくれたけど、難しいようだった。その店員さんにお礼を言って、自分で店内を探したら、折りたたみ式の傘を見つけられたのでよかったです^^
じゃんじゃん