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■ブラームスのピアノ協奏曲第1番をダニエル・バレンボイムのピアノ、ズビン・メータ指揮イスラエル・フィルで聴いた。

これは、先日HNKハイビジョンで放送した『イスラエル・フィル70周年記念演奏会』のもようだ。

メータとバレンボイムはこの曲が大変気に入っているらしく、各地で演奏している(ウィーン・フィルとも素晴らしい演奏をしていた)。


ブラームスの楽曲は聴いていると、どうしても北欧の秋から冬の美しい景色を思い浮かべてしまう。

思い浮かべるといっても、北欧(ドイツ)へは1回しか行ったことがないので、勝手に作りあげた景色を想像しているのだが・・^^;


特にこのピアノ協奏曲第1番は、ドイツの深い秋のイメージが強い(それに青春時代特有の苦く熱い想いも!!)


そのドイツ(ベルリン)へは10年位前に行くことができたのだが、そのときは東西ドイツ統一後からそれほど年数が経っていなかったので、街は整備されておらず、ベルリンの街は建設ラッシュ真っ只中だった(今もその波は続いているだろう・・)

そのときのベルリンの印象は、『寒い灰色の街のなかに豊かな人々が暮らしている・・』というものだった。

ドイツは様々な国の人々を受け入れているので人種は多彩だ。それだけに問題もあるだろうが、国家の懐の大きさを感じる。


それから10年経った今はどうなのだろうか?

EU加盟国も拡大してヨーロッパ全体が、ある意味カラーが似かよってきているのだろうか。

しかし、ドイツはどんなに技術や経済が発展しても、人間がその中心にいる。人の気持ち・生活が優先の社会である。と思っている。

ブラームスを聴きながら、そんなことを考えた。


■昨夜は、久しぶりに音楽を真剣に聴いたが、僕にとって音楽は趣味という浅いレベルじゃないと気がついた。

もはや、音楽抜きには生きることの意味がない、というか、自己を保つには音楽は不可欠の存在。それほど大きなものになっているんじゃないか、と。

最近、なにかと自信のない自分がいたが、音楽を聴くことによってその自信も回復してくるようだった。

しかし、それほど音楽に移乗してしまっていいものか。または、それほどすがることが出来る存在があることは幸運なことなのか。


バレンボイムの感情豊かに奏でるピアノの旋律は、今も頭の中で響いている・・・


今日の関東は久しぶりに真夏の気温になるという、がんばりましょう^^


あ、写真はそのブラームスの後聴いたカルロス・クライバーのベートーヴェン。

この演奏は麻薬だね。完全にのめりこんじゃうもの!^^