
頼むものもいつも同じで、「ども。こんちは。おおもり下さい」だ。
この店は安くて美味い。
蕎麦を食べた後は蕎麦湯をゆっくりと飲みながらマンガを読んでいる。
日頃はマンガをほとんど読まないけど(広兼さんのマンガを立ち読みするくらい^^;)、このお蕎麦屋さんでたまたま手にした浦沢直樹さんの『20世紀少年』が面白くて、これを読むのも目的になっている。
いま7巻目に入ったところ。
このお蕎麦屋さんは家族が手伝っていて、注文をとるのはもっぱら17歳くらいの女の子だ。
この女の子はすこし知恵が遅れている。
お父さんである店主が他のお客さんと話している会話から、「この子は社会に出せないから、家で手伝いをさせているんだ。」という。
その話し方にこの子への愛情の深さがうかがえた。
この女の子は、普段あまり表情はないが、純粋な心を持っているようだ。
お店の中で映っているTVの印象を素直に口にする。誰かに話しかけるふうではなく、自分にしゃべっているようだ。
「わー、このお花きれい・・」とか「このイルカかわいい・・」とつぶやく。
それは自分が好きなものだけを見つけて反応しているようで、この子から嫌な言葉を聞いたことがない。
店に来るお客はおじさんがほとんどで、みんな週刊誌やらスポーツ新聞を読むのにいそがしい。
誰もこの女の子を気にかけていないようだ。
僕はいつも同じ席に座ってマンガを手に取ると、ある日「これ、新しいの入ったよ・・」と『20世紀少年』の最新巻を教えてくれた(それまで、僕はおしぼりやお茶を出してくれると「ども!」とか「ありがとう」と言っていたから、僕が話しやすかったのかもしれない)。
「あ、そうなんだ。それじゃあもっと通って全部読まないと!」と返す。それに対する反応はあまりないのだが、ふっと笑顔をみせ、仕事に戻る。
今では毎回ではないが、一言二言、ちょっとした言葉を交わすようになった。
僕はこういうささいな交流が好きだ。
でも、ほとんどのお客さんはぶっきらぼうな話し方で注文するくらいしかじゃべらない。
関東圏で生活していると、こういう乾いた光景は日常生活のどこでも目にするが、そのたびに、不思議な想いをする。
人と接しているのに、人とではない接し方をしているというか、断絶された人間関係というか、係わり合いをしようとしない人達の多い社会という印象・・
この国に暮らしている人達は、「こんな社会にしたい!」という希望はあるのだろうか。あったとしても社会という『生き物』はその意思を超えてどんどんある方向に進んでいってしまうのだろうか。
その方向があるとすれば、今の進んでいるのは僕の望んでいる方向ではないような気がしている。