
この映画、観だすと途中で止めることはできない。
とんでもなく素晴らしかった!!
まさに映画のなかの映画!
これほど心揺さぶられる作品はそうはない。
まるでチャップリン映画をさらにリアルにしたような印象だ。
この作品の監督であり主演も務めるロベルト・ベニーニはなんと多才なのだろうか。
後半部の強制収容所でのシリアスな表情も本物だし、コメディタッチのトークも天才的だ。
■20世紀に人類が犯した最大の犯罪の1つであるユダヤ人の大量虐殺・・
同じ人間に対する行いとは到底信じたくない残虐な出来事。
この極限状態でも息子を失望させまいと笑いと希望を与えつづける。
これは映画でしか出来ないことであり、現実的ではない。
しかし、映画はそれでいい。僕は夢を与えるのが映画の本質であると信じている。
もともと映画とはこういうものだった。
こういう映画を観て昔の人は育ってきたのだ。
以前、山田洋次監督と話す機会があったときに、「最近、心の栄養になるような映画がなくなってしまった」と僕は言った。
監督も神妙な表情で「そうね、確かに今は心の栄養になるようないい作品は少なくなったね。これは寂しいことだ。」と言っていた。
いつどこからでも現れては「ボンジョルノ!お姫さま!」と帽子をとって満面の笑顔で語りかけるベニーニのあの表情は忘れられない。
どんなに耐え難い逆境のなかでも、希望を与え続けられたあの精神力と明るさは、たとえ映画の中の出来事でも信じていたいし、見習いたいところだ。
収容所での同部屋の気のいい連中もよかった。
子供に残酷な現実をばらさない、いい意味でのウソをついていてくれている。
すべてのウソが悪いことではない。自分と相手にどんな影響があるのだろうか?と想像することが必要だ。
■『鉄道員』を観たときもそうだが、こういう作品を観たとき、家族や子供に対する想いの深さは感動的で真っ当だと思う反面、すこし身につまされる気持ちがある。
僕はそこまで家族のことを想っているだろうか?と・・
さらに、道徳を学校で教えるなどと議論している。
人間関係、規範、道徳、生き方、などは学校で教えてもらうものではない。
親から自然と発するものを子供が汲みとったり、真剣にぶつかり合い痛い思いをして身につくものだろう。
それは、黒板に書かれたものを覚えることとではまるで違う。
今の子供の問題は、僕を含む多くの大人がまだ“甘っちょろい”のがいちばんの要因だと思わざるを得ない。
大人の現状を見渡してもとてもロクなものではない。
やはり、単純でまともな生き方が充実もするし、幸福感も大きいのだろう。
ただ、そういう生き方は普遍的で、時代の潮流に則したものではない。
『ライフ・イズ・ビューティフル』は今世紀最高の1本だ!