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■4月28日の朝刊にチェロ奏者のムスティスラフ・ロストロポーヴィッチ(スラヴァ)が死去したとの報道がありびっくりした。

あまりにも突然の死。

記事を読むと昨年末あたりから体調を悪くしていたらしい。

昨年末といえば新日本フィルの定期でショスタコーヴィッチのシンフォニーを振っていたのではないだろうか。

まだまだ元気に活躍してくれるだろうと信じて疑わなかっただけに非常に残念。

じつの親子のように深い親交のあった小澤征爾さんは、「スラヴァは、人間が死んでも別の世界にいくだけのことだから死は怖くない」と小澤さんやスラヴァの娘に語っていたという。「先に行って(ボクを)待っていてくれるだろう」と小澤さんは続けた。

僕がスラヴァの実演に接したのは1回だけ。

サントリーホールで、小澤さんがN響を数十年振りに指揮をするという歴史的な演奏会。

ドヴォルザークのチェロ協奏曲を大変な熱演で弾きとおした。

オケも物凄かったが、チェロも圧倒的な存在感で、息をするのも忘れるほど聴き入っていたことを覚えている。

拍手をしながら身体全体が興奮のあまり熱くなり、涙がにじんできた。

スラヴァと小澤さんの絆の強さが目に見えるようだった。

その後、アンコールとしてJ・S・バッハの無伴奏チェロソナタよりサラヴァンド・・

この演奏会は阪神・淡路大震災のチャリティーコンサートとして実現したものだった。

震災で亡くなった人達や遺族の方々へのスラヴァの想いは真剣そのもの。

サラヴァンド終了後のしんと静まり返った大ホールの黙祷は長く続いた。

その後の起こった拍手には応えず袖に引き返していった。

彼のように本当に“大家”と呼ぶに相応しい音楽家は、今後はなかなか出ないだろう。

ロシアの不幸であった時代から現代まで時代とともに生きつづけた。

音楽家もそうであるが、人は時代とともに生きるということが重要だ。

その時代に生まれでる演奏でなければその演奏は意味がない。

2つの世界大戦時にドイツ・ベルリンで大衆に向って演奏し続けたフルトフヴェングラーは、いま考えるとそういう大変な時代背景が根本から関与して生まれたのではないかと思えてくる。

スラヴァは着実に世の中をしっかり見据え、チェロ演奏とオーケストラの指揮に投影させているように見える。

ほんとうに立派な人間だと思う。

天国でゆっくり休んでほしい。