■昨日の昼に八重洲ブックセンターに寄った。

新書は近頃『なぜ、さおだけ屋は儲かるのか?』がヒットして依頼この手の題名が多すぎる。

なかにはどうでもいいと思えるものも少なくない。

『なぜ、社長のベンツは4ドアなのか?』という新書を見かけたが、題名だけみると「このテーマのどこが興味をひくのだろうか?」と思ってしまう。はっきり言ってどうでもいいテーマだ。

それよりも『なぜ、人は自ら死んではいけないのか?』や『なぜ、日本人は無表情になったのか?』みたいに哲学的な内容のほうが面白いと思うのだが。どうだろう。

1つの商品がヒットすると必ずといっていいほど似たような商品をだす。

まあ、これは商売の鉄則だろうが、そこに主張性は感じない。

クラシックCDも同じ。

『アダージョカラヤン』が大ヒットしたとたん、『アダージョ○○』というCDが店頭を飾った。

指揮者のクラウディオ・アバドはこれに反発した。

レコード会社は、彼が指揮したマーラーの交響曲の1部を抜き出し、『アダージョ』シリーズに入れた。

アバドはこれに対し、交響曲の1部だけを抜き出す行為は、楽曲の持っている意図から外れること。交響曲は全楽章で1つの曲だから、抜粋は有得ない。というような主張をした。

商業と芸術はときに対立する。

でも、芸術の真意は曲げてもらいたくないものだ。