■いま、あるトラブルで悩んでいる。

人間である以上、いろいろな難問がふりかかってくるのは当然。

それを、当人がどういう姿勢で挑むかが、その人の正念場であり、真価が問われる。

そう考えると、悩んでいるときというのは、正面から自分と対決する機会であり、成長のチャンスでもある。

しかし、そうはいっても当人はそうとう大変で苦しいもの・・生半可なものじゃない。四六時中あれこれと考えて悩んで・・そうとう頭を使っているせいか、クラクラしてきて突然強い眠気がやってきたりする(笑)。気持ちがいくらか和らがないと、こうして文章にもできない。

ましてや、自分の判断が正しいかどうかも分からない。“正解”はそのときは分からないもの。

さらに、自分出す答えによっては、それまでの自分のスタンスと異なった(意外な)姿勢・方法となるため、周りから見れば「あいつは変わってしまった」とか「どうしちゃったんだ?」などと言われる場合がある。

しかし、自分の信念(ポリシー)から練りだした回答であれば、多少、周囲の評価が悪かろうが仕方がない。いずれ分かってくれるかもしれないと思うほかない。

そうかといって、周囲をまったく考えないわけではない、反動はモロに自分にもやってくるので、ここは悩みどころ。

くりかえすが、何が正解かはそのときは分からない。その人の運・不運も関係してくる。

生きていると、稀にこのように脳を総動員して考え続ける事がある。

この状態を客観的にみると、濃い人生の瞬間であり、世の中も普段と違って見えるほど神経が鋭くなっている。

1つだけ意識していきたいことは「悩み続けてウジウジしてても仕方がない。解決に向かって行動しなくては!」ということ。


・・たまにはこういう記事もいいよね。

■先週、FMで放送していたN響定期演奏会でブラームス作曲(シェーンベルグ編曲)ピアノ四重奏曲第1番はなかなか、いや、かなり素晴らしい演奏だった。

この曲はサイモン・ラトルが得意で再三取り上げていて、彼の何とおりかの演奏に馴染んでいた。

ラトルは小気味が良く速いテンポと強いメリハリで、着々と滞りなく曲を作り上げていく。

N響の指揮者はマティアス・バーメルトという人(すんません、知らない人でした^^;)

こちらはゆったりとおおらかに歌うタイプ。それに鳴り物もじゃんじゃん鳴らす。

ラトルとは大違いな解釈だが、これはこれで面白い!

特に第3楽章のあの広大な草原を連想させるのびやかなメロディーは本当に清々しく気持ちがいい。

ブラームスの自然に対する敬虔の念というか、愛というか、そういう想いが分かるようだ。