
比較的初期に書かれた短編集であるが、どれも面白く、深い。それに、すがすがしい後味がある。
『恋の伝七郎』という物語などは、後年発表される山本さんの代表作である『さぶ』に通じるものがあった。
愚鈍であるが真っ正直で清らかな心をもった男同士の友好を描いたもの。
山本周五郎さんは、人間の深い絆をこと細かに描く。それは男とか女という垣根をあまり意識させない、人間と人間という観点なのだ。
僕が始めて好きになった作家が山本周五郎さんであるのだが、彼の描く世界のこういうところがすごく気に入ったのだ。
表面上では人はいろんな分類をされて生きている。
会社での肩書き。親や子。男と女。日本人と外国人。裕福か貧乏か。器量が良いか悪いか。などなど・・
しかし、彼の小説での着眼はもっと深いのだ。
人間の内面・・のさらに内面・・そこでの人と人の魂のふれあい。そういう普遍的な世界を描くのだ。
それに、読み終えたときの雨あがりの青空のような爽快感。これは数ある時代小説でもそうは味わえないものだ。
やはり構成が優れているのだろうか。
「こういう展開にもっていけば読者はこう感じるだろう」みたいなことをよく知っていたんじゃないだろうか。
山本さんはモーリス・ラヴェル作曲のバレエ音楽『ダフニスとクロエ』がお気に入りだったとか。
『ダフニス・・』も実に精巧に構成された楽曲でラヴェルの最高傑作。
この音楽のもつ構成力の高さにも惹かれていたのだろうか。
■『ダフニスとクロエ』の話題が出たので、聴くことにした(クリュイタンス指揮パリ音楽院管弦楽団)。
そのなかの第3部「夜明け」。
途方もなく大きくて、あたたかく輝かしい夜明けだ。
冒頭、何種類かの鳥のさえずりが聞こえる。その後、安堵感に満ちた、落ち着いた響きがただよう。そして、合唱を伴って圧倒的な太陽がのぼる・・そんな感じかな。
この楽曲のスコアは持っていないが友人から見せてもらったことがある。
何段にもわたる五線譜。同一の楽器でもいつくかのヴァージョンをもたせて、響きを細かく計算している。
ラヴェル自身の最後の人生は大変だったようだ。
脳がだんだんと病んでいく。しかし、彼の頭のなかにはまだまだ発表しきれない楽曲がたくさんあった。しかし、それを書くことができないもどかしさに悔しい思いをした。
今の医学ではもしかしたらラヴェルの病を治すことができたかもしれない。時代の事実に“かもしれない”を論じても無意味かもしれない。
しかし、発表されなかった作品はいったいどんなものだったのだろうか?と、つい想像を掻き立ててしまう。
『ダフニスとクロエ』は彼の1つの大きな頂点である。それを凌駕する作品があったのか、もしくはもっと別の路線に向ったのか?
いや、これはどの作家にも当てはまることだろう。
だれも満足のいく時点で死を迎えるのではない。
己の理想、芸術を追求し続けながら、永遠に終点に到達することなく、途中で手放さなければならない時が来るのだ。