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■ここんとこ社内の人事異動に伴って営業先へあいさつに伺う機会が多い。

電車の中で、同じ会社の人や営業先の人と話すときの話題は、ほとんどが仕事に関する話。

もしくは、リーマン必須スポーツ(?)であるゴルフ、もしくは酒の話と相場は決まっている(今日もそうだった)。

仕事の話であっても重要なことはそんなにない。あとは沈黙を嫌うのか、たわいもない話題になる。

電車に乗っていてどこからともなく聞こえてくる見知らぬリーマンの話題もそんなに差がない。

たぶん、日本の大抵のリーマンがそういう調子なのかもしれない。

それが別に悪いということではない(彼等のほとんどは真面目で善良な人間だ)。

しかし、そういう表面的なトークで、なぜだか日本経済はうまくまわる。

しかし・・あまり実のない話題は面白くないもの。

少なくとも僕はそういう話題はつまらないと思っているので、必要以上に参加しない。

それはそれで不自由なく会社生活を送っていけるし、周囲も「あいつはそういう奴なんだ」という認識をもつようになる。

僕はどんな人間関係であっても、実(じつ)のある話をしたい。

営業先の接待など酒の席であっても、できるだけ実のある話題をする。

それに相手がのってくれば、嬉しいし、あまり関心がないようだったら、それ以上は僕もしない。

一般的なリーマンの話題をする(これが疲れるんだわ^^;)。


■根本的に男は話題づくりが苦手なもの。

内面を深めたいとか、人生の真の意味を追求したい、などとはあまり考えない傾向がある。

これは、そもそも“男”という生き物がそういう構造でできているという根源的な理由かもしれない。

それに引き換え女性は違う。

求めるものが男と違うし、常に前(未来)を見ている。

このほうがポジティブで健全だ。

男も過去ばかりを振り返らずに未来を見つめないと、さらに生きる意味が見えなくなり消沈してしまう。


■今の日本社会は、一見なに不自由なく生きていける成熟した社会である。

でも、“実”がなくなってきているので、人々は心の内面では満足できないし、迷い続けてしまう。

そこで何が必要となるだろう。

その1つに“実”を取り入れればいいのだ。

“実(真実)”とはなんだろうか。

真実・・嘘でないもの。自分に正直な気持ち。自分でも気がつかないような正直な気持ち。

これを意識して生きる。はじめは疲れるが、そのうち慣れてくるものだ。

そのうちに本当に自分に大切なものを必ず掴めるだろう。

それと、芸術もそうだと思う。

芸術というとお高いイメージでとっつきにくいだろうが、実はそこらじゅうにある。

みんなの心にも確実に持っている。

だから意味不明なピカソの本物の絵の前に立つと、いきなり“ピカソ”が理解できたりする。自分の内面にも芸術をもっているからだ。

衝撃を受けるとともに、「これだな!」というとてつもなく大きな確信も得られる。

「芸術は、きれいであってはいけない。心地よくあってはいけない。うまくあってはいけない」と岡本太郎は言っている。

似たようなことを指揮者のN・アーノンクールも言っている(最近彼のCDばかり聴いている)。

芸術は人の生活のすぐそばにあるものであり、人と切ってはならない関係にあるのだと思う。

じゃんじゃん