■だんだんと桜の花が咲き始めて、すっかり本格的な春の雰囲気になってきた。

数年前はよく友達とお花見と称して酒を飲みに行った。

行くスポットはきまって靖国神社だ。

会社を午後から休んで飯田橋周辺の酒屋でルービーと軽いつまみを買い込む。

靖国神社はいまでこそ分からないが、当時はゴザを無料で貸し出していた。

このゴザにどっかり座り、昼過ぎからルービーの缶を開けるのだ。

靖国の昼間はまだ人通りが少なく、境内の桜をゆっくり眺めることができる。

しだいに酔ってくると、ゴロンとゴザに寝転ぶ。

すると、真っ青な空と桜の白い花とのコントラストがとても美しいのだ。

こういうときは日常とはまったく違う気持ちになれる。

深い安堵感というか、天国のような平安な気持ちというか・・

友達とも余計なことは話さないで、この時間と空間を堪能するのだ。

今年は靖国には行けそうもないが、どこかで春を味わいたいものだ。


■昨夜は山本周五郎の名言集『泣き言はいわない』を眺めていた。

ちょっと自分が迷っているときや気持ちが落ち着かないときはよくこの本をめくる。

その中で、「世の中は、医療も、科学も、農業も、技術も、なにもかもが進歩する。それについていけない人もなかにはいる。そういう人を見捨ててはいけない」というような件があった。

そうなんだな。社会はあらゆるものが絶え間なく動き、進歩していくものだろう。

経済や科学技術、医療などは目に見えて進歩しているのが分かる。

しかし、目に見えずらいソフト面は同様な歩幅で進歩しているかどうか不明だ。

理想はどの分野でも同じような歩幅で進歩することだと思う。

そうでないと社会に歪(ひずみ)が生じてしまうのではないか。

今の日本はこの歪があるのだと思う。

理解不可能な刑事事件の多発さや、大人のモラル低下はまさにそうではないか。

心や精神の進歩が遅れているせいではないだろうか。