■今朝の新聞で、現行の週休2日制を検討しなおそうという記事が載っていた。
ボクが子供のころは土曜日は午前だけ学校に行っていた。
その後「ゆとり教育」の実施で週休2日になる。
しかし、それによる数々の弊害もでてきた
より良い教育環境の模索はまだまだつづく。

■小学校の授業で音楽を聴くんでも、児童に「じっとして聴きなさい」と言うと、それだけで「クラシックは堅苦しくてつまんないなー・・」ということになる。
もっと年齢が下の幼児がベートーヴェンを聴くと、けっこう真剣に聴いているし、そのうち踊りだしたりする。ウチの子供もベト7終楽章で踊りまくっている(笑)
本当に自由に楽しん聴いているのだ。音楽をそのまま吸収して身体で表現している。
だから、小学校でも聴く態度について、教師は何も言わずに自由に聴かせる。
それに、感想文なども一切求めない。
それこそ『粋』というものだ。
感想文が後で控えているとなると、純粋に音楽に没頭できないので、演奏を聴くこと自体が無駄になってしまうからだ。

なんの評価もしない授業があってもいいと思う。
そもそも、芸術や読書感想文に採点をつけようということに無理がある。
そういうものじゃない。
みんなそれぞれの感性・感想を持っているからだ。
それこそ、そのコンサートの印象をみんなの前で発表してみたり、話し合うというのも面白いかもしれない(日本人は「話し合う」「自分の考えをまとめて発表する」能力がもっとあっていい)
先生は児童の発表前に「そもそも感性はみんな違うもの。感想はぜんぜん違ってもいい」というように話すと、たとえ自分と違う意見がでても、その後の自分の発表のときには自分が思ったとおりのことが言えるようになるんじゃないかな。
「人は自分と違くて当たりまえ」ということろからスタートすると、のびのびと自分のやりたいことに励めるかもしれない。
「面白くなかった」「退屈だった」という意見もあろう。それは正直にそう感じたんだから立派な意見!

ボクも音楽の授業で聴いたベートーヴェンやドヴォルザークの印象はほとんどない。
たぶん退屈だったのではないだろうか(笑)。
なんの縛りもない授業、「つまらない!」とかの授業ではタブー的なことも何でもかんでも言える空間・・
子供でも言いたいことを言えない不自由な社会の息抜きにもなるんじゃないかな。