■ここんとこ珍しくベルトがきつい・・・・
まあ、思い起こせば結構食ってるかな。
旅行に行ったり、平日も家で結構食べてるし、飲んだ時もあまり酔わないように積極的にツマミを食べるようにしていたから・・
本気で蕎麦と納豆ごはんと野菜・果物生活にしよう!
と思ったときに、韓国料理屋に行ってジャンジャン食べちゃってねー。
アカンねこりゃ。

まあ、ヒトも動物の一種だから、秋から初冬にかけては食べて太るのが健康らしい。
この時期にダイエットなどしては身体に悪い!と誰か著名な人が言った言葉を思い出しては、自分を慰めごまかしている(笑)。

■普段は運動などしないので、できるかぎり日常の生活で身体を動かすようにしている。
朝の駅ではエスカレーターを使わずに階段をトントンと上る。
ほとんど全員がエスカレーターなので、僕を好奇の目で見ているようだ。
この前、新宿のタワーレコードへ行った際も階段で9階に上った。
9階はさすがに“もも”にくるわ。
でも心地いい疲労感がありました(笑)

■時に、便利さは人間をダメにするものだ。
それは、便利ということは楽ができる反面、身体や脳を使わないことによってそれらの機能が弱ってしまうからだ。
頭と身体は使わないとどんどん退化する。
「そこまで怠けさせてどうすんだ!」と思うような設備と商品が世の中にある。
こういうところも自分で判断しないとならない社会。
最先端のものばかりを享受する生活を送っていると、明らかに過剰な“楽”を受け取っていることになる。
僕は通常の人には駅のエスカレーターもいらないと思うが、食器洗い洗浄器も不要のものだと思ってしまう。
なんでアレが発売されるのか分からない。
便利といえば便利だし、水量も手洗いより少量ですむということらしいが、余計な製品だとしか思えない。
自分で食べたお皿を自分の手で洗う。
理由はうまく説明できないが、ごく当たり前のこと。
食器を洗いながら、食べ物への感謝というか(食器洗いは面倒だとも思うこともあるが)、なんとなくそういうことを考えていたりするんじゃないかな。
そこをカットしようとする意図、メーカーは消費者の要望を製品化するケースが多いだろうが、「それくらいはご自分でやってください」みたいな判断はないだろうか。

今の日本の消費者は購買に対する総合的な判断力が欠けていると思う。
「便利・安い・簡単・きれい」といったイメージ(言葉)だけでその商品は“良い商品”として認識してしまうからだ。
それが自分の生活や環境、又は子供社会に与える影響といった側面での思考には至らない。
そう考えると、今の日本の現状は単にメーカーだけの責任に押し付けられない。
マジョリティー(大多数)である我々の要求が今の日本の現状をつくったものだろう。
ここで、福沢諭吉の言葉を思い出す。
我々が大人になっても勉強しなければいけない理由。
国民が賢くならなければ、良質な政府はできあがらないし、社会もまっとうにはならない。
学問を身につけ、世の中を見とおせる正確な目と思考能力をもつ。
そうでないと本当に人が住みやすい世の中にならない。

マスコミのたれ流す流行ばかりに感心を向けないで、「これでいいのか?」といった批判精神をどこかに持ちながら世の中を監視する。こういう姿勢は必要不可欠だろう(もちろん僕も!)。

「ちょっと太ったかな・・」から、またしても大脱線!
いつものように表題と違う内容の文章になってしまいました。
これでは文検2級はヤバイかも・・

明日から人間ドックなので少しお休みです。